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第10話  あまえ

 釣りには行くと言いながら寒い季節になってしまって、結局流れてしまっている。それでも智は僕の家に通って、ルアーも何個か作って、得に用がなくても入り浸るようになった。 「なんかさ、今日、陽太の家の前に人影があって、すぐにどっかいったんだけど知り合いだった?」  玄関からよく知ったというようにコートをかけて智は部屋でくつろぐ。 「わかんない」 「なんか、前も、家の前じゃなくて、下からここ見てた奴いた気がするんだよな。同じ人物かな」 「それって、実在する人間?」  冗談めかしてみたが、冷や汗が出る。元カレが一時期ストーカーとかしていて、知らない間に来なくなったから何も対策をしていない。新しい彼女が出来たんだろうとほっていたけど、彼女と別れたからと、次の彼女までのつなぎにもどってきてもおかしくない。 「怖いこと言うなよ」  智が顔をしかめた。 「ごめんごめん」 「なんか、こまることあったら相談しろよ」 「わかった」  と言いつつも相談できることが何もない。結局、自分がゲイということを言えずにいる。頻繁に家に来る男にたいして言わないのは卑怯じゃないかとも思ったけど、言ってしまったらこの関係は終わりだ。智が気持ち悪いならもちろん終わりだけど、受け入れられたとしても、僕が意識してしまって、今まで通りなんて無理だ。智にタイプじゃないから気にしないでなんて言うことも口が裂けてもいえなし、ゲイと言ってしまえば、もう告白もするしかない。  ばれたらそこが縁の切れ目だ。何度も、もういい加減、智を思うのはやめたいと思ってるのに、心地よさがぐんぐんと育ってしまって先延ばしし続けている。もっと最初、連絡先交換から変と思われても断ってしまったらよかったのに、僕が智との時間を自分から壊すなんてできっこなかった。本当に成長しない。  ノンケは僕に本気になってくれない。いくら思っても僕の思いは届かない。智、相手なんてなおさらなのに。  特に何もせずにだらだらしていた。パソコンのネットがなんらかのライブをどんどん流している。 「今日、泊まっていい?」  智は携帯を眺めている。 「えっ、なんで」  不意打ちをうたれとまどう。最初に泊まって以降は、智には帰るように言って、泊まらないようにしてもらっている。だれかそばにいると眠れないと話したら、智も無理に泊まっていかなかった。 「彼女と、別れた」  智はメッセージの画面を見せてきた。  そこには確かに、もう別れてほしいの文字。智はわかったとだけ返していた。 「いま?」 「今」 「えっ、いいの? 引き止めないの?」 「前々から、あんまり関係よくなかったんだ、ほらポーチ上げた時に喧嘩してるって言ってたじゃん」  その話は聞いていたし、そこから劇的に仲が回復したという話は聞いていない。確かに彼女がいる割にはうちに気すぎて入れる感はあった。 「さみしい?」  ポーチを買った智と再びあって間もないころ、智はさみしいから引き止めていると話していた。そんな理由だから彼女も自分じゃなくてもいいと気づいたのかもしれない。気づいて別れた彼女は僕より賢い。 「まぁ、いまはそんなに」  自分で公言するさみしがり屋の智なのにどうしたんだろう。 「なぐさめてくれる人がいるしさ」  智が横に座っていた僕に抱き着いてきた。重くてそのまま床に押し倒された。 「ちょっと」  反射的に怒ったふりをした。じゃないと、体中をめぐる幸福がばれそうだった。喜んでる場合じゃないのに。 「僕は慰めないから」 「そんなことを言わずにさ。振られてひとりの家にかえるなんてさみしすぎる」 「親いるじゃん」 「彼女に振られてさみしいなんて、親に言わないだろ」  智は僕が押し返してるのに、全然上からどいてくれない。 「他に友達いないの?」 「こんな風に家でだらだらするような友達はいない。智だけだよ。こんな俺を甘やかしてくれるのは」  甘い言葉だ。その甘い言葉につられて僕は、これから先もずっと、智への思いを捨てきれずに好きでい続けるんだろうか。  バイトの女の子は玉砕覚悟で告白して、智の彼女は別れを告げた。女の子の方がいさぎがいい。 「僕はそんなにつごうがいい?」 「どうした?」 急に僕の雰囲気が変わったからか智は起き上がった。不思議そうに僕を見る。 「なにか気に障ることいった? あまえすぎ?」 「ごめん、違う。でも、泊まるのは無理」 それが精いっぱい僕が言える言葉で、やっぱり僕はいさぎが悪い。 「わかった」  そんな僕の様子を察したのか智はさっきまでの甘えた雰囲気を消した。彼女と別れたのに慰めもしないなんて嫌われるかも、もう来てくれないかもなんてそんな心配が頭によぎった。 「また、きてもいい?」  智を玄関まで送る。いいって言いたい。何度でもいつまでも、次の約束をしたい。  それでも、もういい加減にしないといけないという思いもあって、いいとも駄目ともいえない。 「俺、やっぱ、甘えすぎてたのかな。陽太はいつも優しいから俺の事、ほんとは迷惑でも、ことわれないもんな」  顔を上げると智は苦く笑った。  迷惑なんかじゃない、どれだけ僕は傷ついてもいいから、そばにいてほしい。思わずそう言って引き留めてしまいそうになる。  智は扉を開けた。外を見た智は顔をしかめた。 「どうしたの」  外を見ただけで出ていかない智に僕は声をかけた。 「あいつ、まだいる」

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