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第11話 都合がいい

 玄関からそっと外を向くと、知った人物がアパートの外にいた。ストーカーとかした元カレだった。 「知り合い、っぽいな。なんか言った方がいい?」 男を見てあからさまに動揺した僕に智は声をかけてくれている。 「いい、知らないふりして帰ってくれたら」  元カレは強引で前回も家や店にも押しかけて来ていたが、手が出るタイプではない。僕以外の他人にも最初は紳士的だ。智がさっさと帰ってくれたら問題はないはずだ。 「あっ、こっちむいた」  言っている間に元カレがこっちを向いた。僕もばっちり目が合ってしまう。元カレがこっちに来る。このまま智に鉢合わせするのはよくない。 「とりあえず帰って」 「迷惑じゃないか? なにか言ってやったほうがよくない?」  心配してくれてるんだろうけど、居る方がややこしい。もめてる合間にストーカーが目前まで来てしまった。 「陽太。そいつ誰?」  ストーカーは智に目をやると僕に笑ってそう言った。元カレはあからさまに敵意のある目で智を見ていた。何か勘違いしているに違いない。そういえば嫉妬深い男だった。自分が女を見つけてさっさと鞍替えしたのに、いつでも自分が赴けば僕が思い通りになると思っている。そういう自信過剰な性質からくる嫉妬なのに当時は喜んだものだ。なんて、昔を思い出している場合ではない。普通にまずい。 「友達」 智の証言では何度かうちを見にきてて、智がうちにきているのを見ているということだ。俺が友達を家に呼ぶなんてあまりしないことを元カレはしっている。智が普通に友達なのは紛れもない真実だけど、俺には下心がある。すでにこの場の変な空気に智がどう思っているのか、冷や汗ものだが、決定的な何かが出る前にとにかく早く智を帰してほしい。 「なら、よかった。俺と別れてそんなにたってないのに、もう次出来たのかと思ってたんだ。お前、友達なんていなかったからさ」 僕の願いは即くだかれる。血圧が下がって頭の後ろがつめたくなって、倒れそうだ。 智の顔が見れない。 「普通の友達だから。それより何の用?」 なんとか言葉を絞りだす。とにかくもう元カレに帰ってほしい。 「友達かえるところなんだろ。なら、今晩ついてこいよ。あの女と別れたからより戻してやるよ」 「行かない。もう別れたでしょ」 「怒ってる? 謝るからさ、とりあえず車乗れよ」  元カレはなかなか引き下がらない。とにかくしつこくて自分の我を通そうとする。それにあきれて従うのが楽しかった時代があったのは事実だけど、もう黒歴史だ。  わざわざ智がいる日に遭遇しなくてもよかったのに。いや、智がよく来ることを知って牽制したくてわざわざはちあったのかもしれない。  最悪な状況だ。全部、無様にばれてしまった。これもなし崩しに智への告白を延期していたからなのだろうか。結局はどこかでこうやってばれる運命だったのかもしれない。ゲイだとばれてしまった。もうここにも来てくれないし、共有していた昔話も色を変えてしまう。  ストーカーと化した元カレが目前にいる迷惑よりも、智にゲイばれする方がよっぽど重大だった。  この男が引き下がるまでうだうだの口論を智に見せるのも苦痛だ。とりあえず元カレについていって、智には帰ってもらおう。智には後日、弁明と謝罪と玉砕をするしかない。 「わかった」 智の顔は見たくなかったけど、勇気を振り絞る。 「智、ごめん、後で説明するから、今日は帰って」 目が合うと智は僕の手をにぎった。そのまま僕を家の中に隠すように手を引いて、元カレをにらむ。 「あんた、最悪っすね。結局だれでもいいんでしょ。女と別れたから戻って来たとか都合よすぎ。陽太が優しいから図に乗るとか最悪だろ」  ずっと黙っていた智が剣幕に言い放つ。基本ずっと明るい智がこんなに怒るところを見たことがない。 「友達が恋人同士のことに口だしていいことないよ」 「友達でも大切な奴が迷惑してたら口出すわ。というか恋人なら智が迷惑してるとかわかんないの?」  智が僕の手を力強くにぎってくれている。ゲイだとばれてしまったのに、大切な奴といって僕をかばってくれている。  この手を振り払って元カレについていくのは嫌だ。 「僕、よりを戻すとか考えられないから、遊びとかも絶対ないし、もう来ないで、次着たら警察呼ぶから」  僕は声を張り上げていった。元カレにいままでこんな強気な態度を彼に取ったことがなかった。  元カレは片眉を動かしてあからさまに不機嫌に表情をかえた。  「なんだそれ、人をストーカーみたいに。そっちがやり直した言っても、もうないからな」  大きな舌打ちをして元カレは踵を返した。足音を立てて帰る姿を完全に見送って、ようやく緊張がとけた。  ほっとしたけど、僕の手は人肌であったかくて、解決しないといけない問題はまだある。 「大丈夫?」  智が俺をうかがいみてる。 「うん。ごめん」  きまずい空気が流れる。僕は顔を上げられずにいた。もうさっさと僕なんかほおっておいて帰ってくれていいのに、智はそばにいる。  風が吹いて、智が玄関の扉を閉めた。 「昔の男?」 「そう。僕ゲイだから。ひいた?」 もうどうにも覆せないので、認めた。心構えがなにも出来ていなくて投げやりな言い方になってしまった。 「別に今時ひかないだろ。大丈夫? やっぱ帰らないほうがよくない?」  智は本当に気にしていないみたいだった。ゲイだという告白にしたのにさっさとながしてしまう。しかも、心配してくれてるのはわかるけど、帰らないなんて。本当はよろこぶべきなのかもしれないけど、逆につらい。全然そういう風に見られてない。脈がないなんてわかりきっていたけども。  でも、それより、いまは、もっとひっかかっていることがある。 ――あんた、最悪っすね。結局だれでもいいんでしょ。女と別れたから戻って来たとか都合よすぎ。陽太が優しいから図に乗るとか最悪だろ――  それをいつだって僕にしているのは智の方だ。女の子とけんかしてるから、友達は都合があわないから。僕はいつだって都合がいい存在で、僕は智にとって最悪なことをされてる存在で。さっきの智はかっこよかった。とても。でも、僕にはどうしてもその言葉が引っかかる。 「いい、帰って」 「でも、あぶない」 「大丈夫。それで、もう来ないで」 なんとか顔をあげる。目を見て伝えた。ここが潮時だ。 「なんで」 「さっきの、誰でもよくて都合のいいやつって、僕のことじゃん」 「なんこのこと?」  智は本当にわからないと言う顔をする。 「智も、女の子とうまくいってないから、誰でもよくて都合がいいから僕のところに来てたんでしょ」 「違う」 「昔、聞いたんだ、僕のことつまらないやつだって」  放課後の教室で聞いた智の声は何度も僕の中で響いて、僕は息が切れるまで走った。智は僕の事なんてなんとも思ってない。誰でもよくてつごうがいいから、さみしさを紛らわせるために利用してる。 「もう、来ないで」

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