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嘘つき 3

 きしむ身体に目を覚ます。  昔の夢を見た理由は分かっている。  この痛みのせいだ。  笑えるようなあの初体験の後もこんな痛みを感じた。  ひどい有り様だ。  昨夜のことを思い出す。  あの場で意識を飛ばすまで抱かれ、連れ去られる車の中でも抱かれ、この部屋でも抱かれた。  昔を思い出す。  あの後も出血していたから。  雨の音と血の匂い。  あの沢山の死体がある集会室で、男は慣らしもせずに突っ込んできた。  快楽など、与える気もないセックスは苦しかった。  いや、時折快楽を与えられることこそが苦しかった。  苦痛の中、血で滑りか良くなったそこで引き裂くように動かれた。  ただ悲鳴をあげていると、不意に優しい指が乳首を優しく優しくなでてて、柔らかく押しつぶされる。  唇が優しく触れて、舐められる。  苦痛がある分、それはそこに逃げたくなるほどの快楽で。  「・・・話せば優しく抱いてやる」   その綺麗な指や舌がそう言っていた。  言葉にはしないまま。  それが嘘なのか本当なのかはわからない。  声を聞けば嘘が本当なのかはわかるのに。  中で暴れまわるそれさえも、時折よいところをねっとり回された。  ここのところご無沙汰だったけれど、散々男を食い荒らしてきたこの身体は苦痛の中のそれに夢中になった。  男の背中に爪を立て叫んだ。  気持ち良くて。  苦痛より怖かった。  苦痛、優しい快楽、痛めつけられ、甘く味わわれる。  「・・・誰に頼まれてここに?」  雨音みたいに優しい声が言った。  胸を甘く吸われた。  胸を吸われるのが好きだ。  それを知られている。  執拗に優しく責められる。  初めての時、アイツが優しく口づけてくれた時からここが好き。  胸とキスだけが、あの初体験の甘い記憶だから。  舌が溶かすように乳首を舐めてくる。  「はぁっ」   声を上げてしまい、前からこぼれていくのがわかる。  乳首を舐めて欲しい、もっと吸って欲しい。  アイツにそうされたから。  そうされた時に思わず触れたアイツの髪の感触さえ忘れられない。  もっとも、拙かったアイツの舌使いなど比べものにならないほど、男の舌や唇は甘かった。   される度に、前から零れていく。  「はんっ、ああっ・・・」  声が止まらない。  殺人現場で犯されているのにイカされている自分がどうかしてると思った。    昨日はわけがわからなかったが、オレは今は落ち着いて目を開き部屋を確認する。  一軒家だ。  マンションにしては天井が高すぎるし、柱や梁が古い。日本家屋だから。  多分田舎の。    人気のない。  交通の音が聞こえないし、鳥の声がする。  目を開いただけでもそれだけの情報が確認できる。  ベッドじゃない布団に寝かされている。  身体は・・・痛むが、拘束はされていない。  アソコは酷いありさまだろうが、何も初めてじゃない。  何日か生理みたいに出血するだろう。  惨めにはなる。  だが、危険な仕事だ。  こういうことがなかったわけではない。  相手が一人なだけまだ良かった。  予想外に身体は綺麗にされていたし、大きいパジャマを着せられていた。  ゆっくり起き上がった。  身体がきしむ。  それでも起きられた。  部屋の中を確認する。  驚いた。  一階で、窓が開いているどころか、障子を開け放たれて縁側から外が見えた。  大きな木のある庭。  庭の向こうに山があって・・・でも、車道が見えていた。  確かに民家は見えなかったけれど、これでは逃げろと言っているのと同じじゃないか。  しかも部屋には誰もいなかった。  おそらく、ここはめったに人がこない場所なのだ。  痛みつけられた身体では追いかけられたならすぐに捕まるのだろう。  何か・・・自転車でもいい。  安全に逃げる何かが欲しい。   ふらつきながら立ち上がった。  すぐ見つかるだろう。  でもいい。   情報をあつめて・・・。  逃げる方法を考える  「目か覚めましたか」  背後から声がした。  その声は知っている  耳の底にもうこびりついている。  雨音のような優しい声。  何度も何度も囁かれたから。  「好きですよ」  「言えば気持ち良いことだけしてあげます」  「優しくしたいんですよ」  それらは全部青く零れる嘘だったけれど。  「名前は?」  「何を調べてる?」  「誰から頼まれた?」  そして訊問。  痛みと快楽を繰り返しながら。  あの優しい声が降り注がれて・・・。  オレはゆっくりと振り返った。  その男は微笑んでいた。  その綺麗な微笑みにゾッとした。  この男は事実の確認以外は嘘しかつかない。  人間はみんな嘘付きだ。   でも、嘘しかつかない人間など・・・オレはこれまで見たことがなかった。  この男に会うまでは。

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