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嘘つき 6
「!!」
さすがに男が怯んだ。
目を押さえうずくまる。
その瞬間、オレは立ち上がり、台所に飛び込み流しの下を開けた。
そう、こういう古い台所には、流しの下の開き扉に包丁が挿せるようになっているはずだ。
やはりあった。
一番デカい包丁を掴んだ。
男の目はすぐに回復するだろう。
わかってる。
防犯スプレーの時もそうだったから。
だから、オレはまだうずくまる男の元へ走って戻った。
オレは思い切り男の脚に向かって包丁を振り落とした。
狙うのは足の指でいい。
それで追えなくなる。
全体重をのせろ、スピードは最大限でいけ。
ふりかぶり加速をつけて。
包丁は良く切れた。
靴下をはいたままのつま先は、脚から切り離され瞬間、ばらばらの指になった。
親指だけはまだ足についていた。
一つだったモノが、このたった一振りで、複数の物になるのを不思議な気持ちで見ていた。
「ううっ!」
あの男は呻いた。
その声はオレの中に出した時の声に似ていてゾクゾクした。
吹き出す血。
男は立とうとしたがつま先かなくてはなかなか上手く立ち上がれない。
オレは台所にある勝手口に向かった。
途中、台所にある大きな冷蔵庫のドアをあけてしまった。
大きな冷蔵庫だからわかっていたのに。
そうだろうって。
やはり。
膝を抱え、詰め込まれた女の人の肌は冷蔵庫の中でやたらと白く見えた。
他の人たちは別の場所にいれられているのだろう。
臭いが気にならない場所に。
オレは台所の勝手口のドアを開けた。
こういう田舎にありがちで、マトモな鍵はついてなく、スライドさせるタイプの中からかけるしかないチャチな鍵は施錠さえされていなかった。
オレは裸足で飛び出した。
片手に包丁を握りしめたまま。
ふらつく身体で逃げる。
庭から見かけた車道を走る。
アイツが本当に捕食者じゃないなら、これでオレの勝ちだ。
アイツはもうオレを追えないはずだから。
オレは走る。
少しでも逃げるために走る。
どれくらい先に民家があるのかはわからないけれど。
アイツが人間ならば俺の勝ちだ。
でも、アイツが本当に捕食者なら・・・。
どれくらい走っただろう。
車も人影もない山の中の車道を走り続けた。
背後から自動車のエンジン音がし、クラクションの音がした。
それは希望の音だった。
誰かが通りかかったのだ。
パジャマ姿で裸足で走っている人間に何かあったと思ってくれたのだ。
オレは満面の笑みで振り返った。
これで逃げれる。
血のついた包丁を持った男をのせてくれる車なんかあるかな、なんて思いはしたけれど。
そして、自動車のフロントガラスを見て絶望する。
そこには、微笑みを浮かべた男がいたから。
男は車でオレを追ってきたのだ。
オレは観念して立ち止まる。
車も止まった。
だって、追ってきたと言うことは・・・。
男は普通に歩いて車から降りてきた。
足の指を切り離したのに。
捕食者だ。
オレは覚悟を決めた。
包丁をあの男に向けるのは無意味だ。
アイツは不死身だから。
だから、この包丁を向けるべきなのは・・・。
オレだ。
オレはあの男の手が俺に触れる前に俺の腹にその包丁を突き立てた。
肉を突く感触が手に伝わった。
「・・・何を!!」
男が叫んだ。
オレは男の驚く顔を見ながら、笑ってやった。
そして、もう一度、腹に包丁を突き立てた。
さらにもう一度。
「・・・・っぁああああ!!!」
やはり叫ばずにはいられなかった。
膝をつき腹を押さえ、血を迸らせながら叫ぶオレを男は呆然とみていて、それがおかしかった。
「痛てぇよ・・・・痛てぇよ・・・」
そう呻きながら、オレは笑った。
あの男の顔はそれくらいには面白かったからだ
俺は絶対にお前から逃げる。
でも、オレはもう、アスファルトにうずくまるしかなかつた。
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