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嘘つき 7
男は呆然とオレを見ていたが、背を向けて車に乗り込み去って行った。
オレはアスファルトの上で痛みに呻きながら転がる。
思っていた以上に痛いわ、これ。
こんなに痛いって知ってたらしなかったかも。
男は予想通り去っていった。
腹に三カ所も穴をあけた人間を連れて帰っても仕方ないからだ。
死体になるだけだし。
それよりはさっさとあの家を引き払うだろう。
冷蔵庫に放り込む程度の死体処理、恐らく他の死体も氷か何かで冷やす位のことしかしてないんじゃないだろうか。
おそらく、数日あの家が使えれば良かったのだ。
オレが追ってる男はずっとそういう風にしてきたからだ。
誰かを殺しその家に潜伏。
どうやってだか、人を集めセミナーのようなものを開催。
参加費として多額のお金を集める。
今回のセミナーも一人20万円を払っている。
オレは払った人間になりすましたから、払ってないけど。
オレがなりすました人間はオレのおかげで命が助かったんだから、縛られ監禁していたことは勘弁してほしい。
ちゃんと夜には警察が助けに行ける手筈は整えていたのだし。
そうやって集めた人々を全員を互いに殺し合わせる。
どうするのかは、この目で見た。
あの殺人はあの男の趣味と実益を兼ねたものなのだ。
多額のお金。
そして、殺人。
痛い痛い。
身体が冷たくなっていく。
間に合うかな。
上手くいくかな。
アイツに怒られるな。
「ムチャばかりするな」って。
今度こそ本当に殴られるかもしれない。
でももうこれしか方法がなかったんだよ。
オレは呻きながらそれを待った。
流れていく血。
冷えて行く身体。
それがおこらなければ自分は死ぬのだと思った。
死ぬなら最期に一目アイツに会いたかったな、と思った。
初恋こじらせてるなぁと思った。
アイツの顔はすぐに忘れちゃうような顔なのに。
思い出せちゃう自分が笑えた。
アイツに優しく抱きしめられて死にたかったなと思った。
でも、遠くなりそうになる意識は、あの男に優しく身体を撫でられる感触を脳の中で何度も再生させていた。
あんな風にもう一度抱きしめられたい。
アイツじゃなくてもいい。
誰でもいい。
死んでいくオレを一人にしないで。
お願い・・・
意識が遠くなっていく。
それは思っていたよりも突然やってきた。
遠ざかっていた意識が無理やりひきもどされた。
平手打ちされるような感覚。
肉体的ではなく精神的に。
そして、痛みが和らいでいく。
紙を一枚一枚はがすように。
・・・やっときた。
もう無理かと思った。
オレはため息をついた。
身体を起こした。
そう、起こせたのだ。
今なら。
座ったまま血まみれのパジャマをめくりあげた。
ネバネバする血のかたまりを指で拭う
こぼれだす血はほとんど止まっていた。
腹の傷を恐る恐る指先でひらく。
パクリと包丁を根元まで飲み込み、口をあけたように開いたばずの傷はわずかにだけ開いた。
その隙間から蠢く無数の触手が見えた。
傷口の中で無数の虫が蠢いて入るようだった。
気持ち悪かったが、わかった。
再生しているのだ。
・・・助かった。
これがどういう意味なのかをオレは分かっていた。
捕食者とセックスすると24時間以内に身体が変異する。
従属者になる。
そういうことだ。
オレも資料でしか知らないソレ。
捕食者と同じ、不死身の生き物。
そろそろ、ちょうど24時間になる頃だ。
空腹になったり、身体がのケガが回復しなかったから、もしかしたらオレは従属者にならないのかもしれないとも思ったのだが。
従属者になる可能性にかけて自ら腹を刺した。
もうすぐ24時間。
従属者になるのなら腹を刺しても死なないはずだから。
あのまま男に捕まっていたら、また犯されただろうし、そうしたら今はなっていなくてもいずれ従属者にいずれなっていただろう。
腹を刺しても、従属者にならないで死ぬ。
それはそれでありだと思っていた。
だが、従属者になってしまっていたのなら、あの男がそれに気付く前に逃げる必要があった。
あの男が従属者が何なのかに気付く前に。
まだあの男は従属者か何なのかも、自分が何なのかも知らないのだから。
だから自分を刺して、あえてあの男に捨てて行かれる方法をオレは選択した。
今頃あの男の中ではオレはあの男か作った死体の一つになっているはずだ。
それでいい。
あの男さえ一緒にいなければ、あの男さえオレの存在に気がつかなければ、オレは従属者になってもあの男から逃げられる。
オレを死んだと思ってさえくれれば。
そして、オレは無事に逃げ延びてみせたのだ
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