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捕食者狩り 一刀両断 5

 「・・・あの子は楽しんでない」  私は男に言わずにはいられなかった。  少女を殴りながら、少年が泣いているのが手にした双眼鏡から見えた。  まるで自分が殴られているかのようにその顔は苦しげだった。   涙がずっと流れ続けていた。  その拳は少年の血でも汚れているのがわかった。  拳の皮がさけ、肉がえぐれ骨が、見えていたから。  だがその拳はとまることはなく、少年は苦痛の声をあげながら殴り続けた。  男は双眼鏡を私から奪って、少年の顔を見た。  そして、一瞬、ほんの一瞬、苦しそうな顔をした、と思う。  「・・・バカが」   小さい声でそうとだけ男は言った。    少女はいつしか動かなくなった。   「うっ・・・うっ・・・」  そんな少女の首を少年は嗚咽しながら両手で捻った。  鍛えてきた腕は、少女の細い首をへし折った。  でも、まだだ。  これくらいでは死なない。  恐らく刀に姿を変えた女が捕食者で、少女は従属者なのだとおもわれるが、首の骨を折ったくらいでは死なない。  少年は腰のベルトに吊した山刀を抜いた。  従属者は首を切り落とせば死ぬ。  だからそうするのだろう。  少年は小さな声で「ゴメン」と口を動かしたのを、私は男から取り戻した双眼鏡で確認した。  少年は特製の巨大な山刀を振りかぶった。  ピシャッ  喉が裂け、血がほとばしった。  首は完全に切れてなかったのは、失敗したのだろう。  首はわずかな皮膚で繋がったまま、身体はアスファルトに転がった。  吹だす噴水の様な血。  それは少年のものだった。     少年は驚いたような顔をしていた。  驚いたように開かれた口。  そして喉ももう一つの口のように大きく開いていた。  2つの口を開けたまま、今度アスファルトに転がったのは少年だった。  大きく少年は目を見開いたままだった。  片手に山刀を握ったまま少年は上を向いて転がった。  右手の肘から先を刀に変えた女は、少年を蹴り飛ばした。  ふわりとしたロングスカートの中の形の良い脚と、華奢なヒールが見えた。   少年は喉の切れ目をさらに大きく開き、なすがままに転がされた。  女は少女を抱き起こした。  「・・・ゴメン、油断した」  少女は首の骨がくっついたらしく、女に言った。  「仕方ないよ。コイツ、今も少しよけてみせた。首が切り離され飛んで行くはずだったのに。コイツ・・・強い」  女は少女に囁いた。  何故会話が聞こえるかと言うと、少年には作戦時盗聴器をつけてもらっているからだ。  こちらの指示が聞こえるよう、イアホンもつけてもらっている。    少女の片腕を覆う盾がグニャリとジェル状に広がり、人の形をつくり、次の瞬間片手を刀に変えた女に変わったのだ。  そして、少年を背後から斬りつけた。  唖然としたが、大丈夫、まだ完全に少年の首は 切り離されているわけではない。  双眼鏡を覗けば、少年の首から触手がのび、胴体と繋がろうと蠢いているのがわかる。  少女達もそれに気付いた。  「コイツ・・・あたし達と同じ・・・」  少女が言った。  少女の顔も修復されてきている。   「そうね」  女は優しく少女を抱き起こしながら言った。   「バラバラにして【吸い込んで】しまえばいい」  女が提案した。  「そうか」  少女は納得した。  飛び出していた眼球も引っ込み、美しい顔に戻っている。  「キスして」  甘えたように少女は女に言い、それは与えられた。   二人は舌を絡ませあう。  少女の首はまだ完全にはつながってはいないようで、不自然な形に傾げられていた。  「あなたには悪いけど、コイツはわたしが切り刻む。あなたもコイツで楽しみたかったでしょうけど」  女は言った。    「コイツはあなたを傷つけた。許さない」  女は少女の顔にキスを落としながら言った。  少年が拳で触れたところを、消毒するように。  そしてゆっくりと首筋をなめた。  小さな唇からは意外なほど長い舌は、赤かった。  「刻んで刻んで、刻みまくってやるから」  女は優しく囁いた。  女は名残惜しそう少女の顔を撫でると、少女から身体を離した。  まだ首が繋がっていない少年の方へ向かう。  切り刻むために。    「バラバラにして吸い込む」の意味はまだわからない。  今のところ、女が刀に姿を変えたこと、少女が通行人を丹念に切り刻んでいたこと、手榴弾や銃弾さえ跳ね返したことしか分かっていないからだ。  女は動けない少年のもとへ向かう。  でも私は心配などしてなかった。  女は薄く笑った。  手足から刻むつもりだろう。  女が刀になった右手を振りかざした瞬間、少女が叫んだ。    「危ない」    女が振り向く前に女の右手が飛んでいく。  「・・・僕の可愛い恋人にこれ以上触るな、クソ女」  右手を刀に変えた男はそう言った。  ほら、男は最終的には少年を守るために動くのだ。  本当に死ぬ寸前までは動かないし、むしろ死ぬ寸前まで追い詰めはしても。  少年と少女が対であったように、この二人も対だった。  美しい凍りついたような風貌の男と、柔らかな風貌の女。   右手を刀に変えた男と女。  その能力は似ていた。  「どんなものでも斬る刀」  そういう意味では。    

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