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捕食者狩り 一刀両断 7
「助けに来てやったのになんて言いぐさだ。格好つけて飛び出して殺されかけたくせに」
男に言われて少年は何も言えない。
当分これを言われるだろう。
男はうごめきくっつこうとする女の身体の胴体から、右腕の刀で乳房をえぐり出しながら言った。
「まだ分かってないようだな。女相手だからと手加減しなかったのは良かった。コイツらは女や子供に見えても違う。きちんと殺しにいこうとしたのは良かった」
切り取った胸を気持ち悪そうに顔をしかめ、少女へ投げつける。
少女は怒りに燃えて男を見ていたが、さすがに下手に動かない。
この男が狂っていることはもう十分良く理解したはずだ。
「お前は捕食者が刀や盾になるのは理解していたのに、元の姿に戻る可能性について考えもしてなかった。だから殺されそうになった。それはお前が何も考えていないからだ」
男は転がっている女の頭を軽く蹴った。
そして、ポカンと開いたままの女の口の中に踵を落とした。
歯が折れる音がした。
「お前は感情で動き過ぎる。誰かを助ける為に飛び出して、自分も殺され助ける相手も殺されたなら、その正義感ってヤツに何の意味があるんだ?」
この男が言っているとは思えない程まともな言葉だった。
女の顔を踏みながら右手の刀で目玉をえぐり出しながら言わなければ立派な言葉に聞こえたかもしれない。
男はえぐり出した眼球を少女へと放った。
少女は怒りに震えながらそれを受け取り握りしめた。
「勝たなきゃ正義なんてないんだ。コイツらを確実に殺すことが正義だ。そのために一人の人間が殺されるからって走りだしてはいけない・・・わかるな?必要なのはデータだ。あの怪我をした男」
男はヨロヨロと少ししか進まない脚でまだそんなに離れていない怪我人を指差した。
「アイツが殺されるのをみておけば、コイツらがどうやって殺すのか、どういう能力なのかとかを安全に確認出来たんだ。勝つ為にどうすればいいのかを積み重ね、負ける要素を減らしていくことが、勝つってことだ、わかるな?」
男は優しく言い聞かせるように言った。
少年は俯く。
理解はしても、受け入れられないだろう。
少年はそいういう子だ。
少し、らしくもなく胸が痛んだ。
私も男と同意見のはずなのだが。
「レッスンは終わりだ。さあ、殺そう。先にどちらを殺すべきなのかは分かるか?クソ女かバカ女か?」
男は言った。
少年は首を振った。
「バカ女の方だ。簡単に殺せるからな」
男は少女を見つめ笑った。
捕食者である女は男のもう能力、右腕を変化させた銃を使わない限り殺せない。
撃ったものをある程度の半径50センチ位の球状の範囲で跡形もなく消し去るというこの銃は、一度撃てば次に撃つには10分の時間が必要で、完全に捕食者を消し去るには数回撃つ必要があるので捕食者を殺しきるには時間がかかるのだ。
手足を消し去ったからと言って捕食者の戦闘能力がなくならない場合もあり、完全に消し去るのは簡単ではない。
従属者は簡単だ。
首を切り離せばいい。
男が目を輝かせて薄笑いを浮かべて、少女に近づくのを少年は止めなかった。
止められなかったのだろう。
止める理由などないから。
自分も殺そうとしていたのだし。
しかし、少年に殺されるのと、男に殺されるのは同じ「殺す」でも意味が違うのは明白だった。
正直気の毒に思う。
だが、これが仕事であるから、必要以上には時間をかけないだろうと言うのが救いだ。
人間を虐殺する存在を殺すこと自体には憐れみなどないが、見ていて気分の良いものではない。
あの男にだけは殺されたくはない。
私もそう思っている。
少女は女の腕が形を変えた刀を握りしめていた。
肘の辺りはまだ生身で、血が滴っていた。
少女は突然立ち上がり走り出した。
女の刀の腕を持ったまま。
「僕から逃げる?」
男は笑った。
男から逃げ切れるはずがない。
この男はプロフェッショナルなのだ。
男はジャケットの内側に手をいれて、手の平サイズの楔状の刃物を数本とりだした。
暗器と呼ばれる暗殺用の道具だ。
始末屋と呼ばれる闇稼業だった男には馴染みの道具だ。
手の中に隠して刺すことにも使えるし、手裏剣として投げてもいい。
男はそれを数本まとめて少女に向かって放った。
吸い込まれるようにそれらは少女に刺さった。
左右の脚に二本づつ。
少女はそれ以上走れなかった。
だけど、少女は逃げるつもりなどなかったからそれで良かったのだとわかった。
少女は逃げられはしなくても、目的には追いついていた。
少女はケガをして逃げていた男に追いついていた。
少女の目的はこのケガ人だったのだ。
逃げることではなく。
少女は刀に変化したままの女の腕を振り上げた。
男が、少年が走って少女に追いつこうとする。
少年は速い。
でも、間に合わなかった。
少女は必死でもはや立てなくなり、這うように逃げていた男に斬りつけた。
男は逃げるのに必死で、気付くことなく、悲鳴さえなく死んだ。
首が胴体から離れた。
鮮血がほとばしり、少女は全身に血を浴びた。
腕が離れた
脚がはなれた。
胴が2つに割れ、腸がゾロリと飛び出した。
何度も何度も。斬りつけた。
バラバラにする為に。
最後のあがきか?
そうおもった。
だってこのケガ人を殺したところで、少女が男に殺されるのは決まっていたのだから。
だがその理由はすぐにわかった。
少年の方が速いため、先に追いついた少年は脚を止めた。
「離れろ!何かある!!」
男が叫んだ。
全身に血を浴びた少女が笑った。
ぶおん
少女が持つ女の腕、刀になった腕が不思議な反響音をたてた。
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