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懇願 6

 「抱いて欲しい」  そう言われた日のことを私は忘れられないでいる。  ガキだった頃の話じゃない。  いや、あの日のことも忘れてはいない。  少女のようなアイツを抱いたこと。  今思えばアイツは痛かっただけだ。  酷いことをした。  夢中になってわけがわからなくなったのは私だった。  真っ白な華奢な身体に、淡く色づく乳首。  細い首、白い背中。  小さな尻。  男性でも女性でもないような、あの年代特有の美しさは、妻、いや、別れた妻、当時は幼なじみの少女とも共通していて。  幼なじみに触れてはいけない、そう我慢していた私には、でも、本当は触れたかった私は、彼の誘惑に負けた。  アイツが私か抱かなければ死ぬって言った言葉が本気だったこともわかっていた、でもそれは言い訳だった。  欲しかったのだ。  彼女の代わりに。  彼女を壊す代わりに、彼を壊した。  あの日の自分がしたことは分かっている。  でもいい。  それはいい。  アイツを絶望させたのはそこじゃない。  私はアイツが好きだった。  楽しいヤツだった。  頭の回転が良くて、度胸があって、強かだった。  出会った頃から危ないことに手を出していて、知り合ったきっかけは3階の窓から飛び降りてきたアイツを助けたことからだった。  私が15でアイツが12。  当時、アイツは客などこない雑貨屋が気になっていた。  倉庫しかないこんな海辺に何故雑貨屋があるのだろうかと。  しかも、愛想もない店主がいるその店の商品は、おざなりにならべられたほんの少ししか置いていないタバコやガムや雑誌はいつも売れた様子などなく、先月号がそのまま発売されている時さえあった。  小学生だったアイツはそこでその店をじっくり観察した。   向かいの公園のベンチでゲームをしながら。  学校以外の時間でしかできなかったが、昼から夜の8時までしか開いていないその店が、ほとんど客のこない店であること、そして、客は数人が固定していることを確認した。  アイツの母親は夜遅くしか帰ってこない、もしくは帰ってこなかったから、誰にも止められることなく見張り続けられた。  そして、客がいるタイミングで店に買うものをするふりをして入っていった。   誰かが入ってきた瞬間、客も店主も緊張したようだったが、子供であることをしり、緊張をといた。  アイツは古くなったガムを買った。  そして、店主の椅子のそばに、膨らんだ粉の入ったビニール袋、ゴムで束ねられた札束があることを目の端で確認した。  麻薬だ。   アイツはそう確信した。 だが、子供の言うことなど誰も信じないだろうとアイツは思ったのだ。  ならば証拠がいる、と。  で、そのビニール袋を掴んで逃げ出した   当然、追いかけられる。  近くのマンションに逃げ込んだが、挟みうちにされそうになって、マンションの二階の通路から飛び降りた。  で、そこにクラブ帰りの自転車に乗った私がいた、と言うまでもなくわけだ。  そして、命令されたわけだ。   女の子みたいに綺麗な小学六年生に。  中学三年生が。  自分を自転車の後ろに乗せて近くの警察署まで逃げろ、と。  人生初の銃撃を受けたのも、捕まったら死ぬと思ったのもあの日がはじめてだった。  結果、そういう仕事につくことになったのは、あの日のせいかもしれないとは思っている。  アイツが危ない仕事を始めたのもあの日があったからだろう。   その日から懐かれて、私もまあなんだか面白くなって。   私の家に出入りするようになった。  たまたまあんな事件に巻き込まれた可哀相な子。  アイツが自分で事件に飛び込んだことはいわなかったから、そういうことになっていた。  アイツの自業自得なのに。  で、うちの両親からも可愛がられ、妹たちからも懐かれて、すっかり家に居座るようになった。  

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