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探索 7
「・・・あの子をあまり危ない目に合わせるのは良くない」
犬がボソリと言った。
ガキに詐欺師のアカウントがどこにどんなリプライを送っているのかを調べさせて、僕は犬を玄関に送り出しにいった。
犬は一度たりとて鍵を渡した覚えがないのにいつも勝手に入ってくるから、別に送ってやる必要もないのだが。
勝手にドアを閉めて出て行くのはわかっているのだが。
何度ドアの鍵を変えても、何食わぬ顔で家に入ってくるのだコイツは。
まあ、この家にマイクやカメラを仕込んでないだけいい。
僕はどうでもいいけど、ガキは抱かれるところを見られるのは嫌らしいから。
何か僕に言いたげだったから、ガキを置いて玄関まできたらそういうことか。
「・・・はぁっ?お前何言ってるの?」
僕は犬の襟ぐりを掴んで、その特徴のない顔をひきよせる。
僕より随分デカいのも気にいらない。
キス出来る距離だが、コイツとそんなものはする気はない。
「お前がガキと僕のことに口出しするな。・・・お前たちが認めたんだ、僕に機嫌良く仕事させるためには、ガキ一人がどうなろうと知ったことじゃないと。犯そうが刻もうが構わないと。・・・それにな、犬、ちょっとばかりお前は使えるから殺さないでやってるが、・・・僕はいつでもお前を殺せるんだからな」
僕は犬に微笑む。
殺すのなんて簡単だ。
むしろコイツは刻みたい。
気に入らないんだ。
ガキと親しいのが気に入らない。
ガキがなつくのが気に入らない。
ガキは僕のだ。
優しくするのも可愛がるのも、僕だけでいい。
「・・・特別扱いしてやる方が喜ぶと言っている。可哀想に『同等じゃなくてもいい』とか言ってるんだぞ。健気すぎるじゃないか」
犬が怖がりもせずに言うのは気に入らないし、この間の僕とガキの会話を相変わらず盗み聞きしてるのも気に入らないが、それは少し考えさせられる言葉ではあった。
「・・・やっぱり、分かってないよね、ガキ。そうだよね。僕がめちゃくちゃ可愛がってるの分かってないよね」
僕は急に心配になって犬に訊ねる。
僕は【少し】人の気持ちに疎い。
てか、気になんかしてこなかった。
気に入らなければ殺してきたからだ。
だから、困る。
ガキの気持ちがイマイチわからなくなる時がある。
「いつもいつも、囮に使ったり、敵からひどい目に合わせるようにしてるから、自分を道具みたいなものに思ってるんじゃないか」
犬に言われて納得する。
そうだよね、作戦を成功させるのが最優先だから、ガキがバラバラになったりするのはいつも計算の上だったりするけど、そんなことばかりするから、僕の気持ちを誤解してるよね。
今回も分かってたけど、相手の能力を試す実験台にしたしね。
囮にするつもりだしね。
でも、違う。違う。
「同等じゃなくていい」そんなセリフは違う。あのセリフには参った。
自分だけが僕を好きみたいな。
違う。違うんだ。
確かに作戦のためにひどい目にあわせてるし、これからもそうするけど。
僕の目が泳いでいるのに犬は苦笑する。
「・・・あんたが可愛がってるのは知ってる。・・・だからたまには特別扱いしてやれば喜ぶと忠告している」
犬の言葉には納得するものがあった。
ムカつくが。
犬が言うから、人前で犯したりするのはやめた。
そしたら、怒らなくなったし、喜んだ。
この部屋の外でしてるのは監視している連中に見られているんだし、見られてなくても集音マイクで聞かれてるってのは黙っていることも学んだ。
知らない方がガキにはいい。
犬の助言は確かにガキに関することでは有効だ。
「特別扱い・・・してるぞ?・・してるぞ?殺さないし、誰にも殺させないし、一緒に暮らしてる。」
僕はちょっとしょげながら言う。
今までそんなこと誰ともしたことないんだぞ。
「・・・道具じゃないように扱ってやればいい、きっと喜ぶ」
犬は静かに言った。
そうか。
そうなのか。
「・・・わかった」
僕は頷いた。
どうしてやればいいのかわからなかったから、確かにコイツの忠告とやらは役に立った。
でもな、犬。
随分ガキを可愛がるじゃないか。お前。
「でもな、犬」
僕は、犬の襟ぐりを掴んだままさらに顔を近づけた。
唇が触れるような距離で、どんな表情も見逃さない距離で囁いた。
「・・・お前、男は無理だったとか言ってるが、ガキ相手だったらイケるんじゃ無いのか?」
僕の言葉に犬が一瞬見せた表情は気に入らないものだった。
手を離してやったが、やはりコイツはいつか殺そう。
そう思った。
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