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クロスゲーム 2

 海が広がっていた。    そして、街が見えた。    ああ、綺麗だなって思った。    いつも高いビルから街を見下ろすと、良くわからないけど、飛び降りたくなった。  光だけを飾りみたいに楽しむ夜ならともかく、昼の灰色の街は偽物くさくて、その偽物のミニチュアみたいな風景を踏みにじってやりたくなった。  ここにあるのは嘘と欲望ばかりだと思い知らされていたし。  でも、こうやって山から見下ろす街は、踏みにじりたいとは思わなかった。  ここにいるのは生きてる人達なんだと何故か実感した。  綺麗だと・・・思った。  海の青さも、街の色も。  肩を抱かれた。  嘘つきに身体を引き寄せられていた。  でも、それだけで。  オレ達はただ黙ってその風景を見ていた。    一度だけそっと唇に唇が触れすぐに離れた。    そこが山の頂上だった。  鳥居までの石段に座り、嘘つきの肩にもたれて、その風景をぼんやりと見ていた。  疲れきった心が溶かされるようだった。  少し泣いた。  何故泣いたのかも分からない。  嘘つきは何も言わず、ずっとオレの肩を抱いていた。    その顔は、すごく嬉しそうに見えた。  拉致されて初めて、オレはアイツのことを考えて耐え続けるのを、その時だけは止めていた。    何故か安心してその身体に寄り添っていた。  それがどんなに危険なことかさえ、その時には忘れていた。    時間はゆっくりと流れていた。  また車に乗り、家に帰っていく。  「退屈ですか?」  運転席から嘘つきがまた聞いた。  「いいや。楽しかった」  また正直に答えた。  嘘つきはにこにこ嬉しそうに笑った。  いつもと違って、乱れた髪がワイルドで、これはこれでいい。  本当に顔はいい。     ・・・何考えているのか分からない。  今回の山登りは何が目的だったのか。    でも、思った。  この男は何年の間、人と会話していないのだろう。  「嘘しか放すことが出来ない」のならば、騙す以外の会話は出来ないのだ。  「質問する」と「一方的に事実を呟く」以外は男は真実を話すことが出来ないのだから。  コミュニケーションとして、会話で相手を魅了したり楽しんだりするのはこの男には不可能だ。  一方通行な意志表示しかそこにはない。  コミュニケーションとしての会話は・・・この男には騙す以外では不可能なのだ。  会話のできない男が詐欺師なのか。      ふと思いついた。  「もしかして・・・今日の山登り・・・デートのつもりか?」  まさかとは思ったが、尋ねた。  嘘つきは、「何を当たり前のことを」と言った顔をしてみせてからにこりと笑った。  「マジか・・・」  オレは絶句した。  大事な惨殺計画を置いてわざわざオレを連れ出して山登り。  何考えてんだ?  それにオレ、表情や笑顔を読んでコミュニケーションがとれるようになってしまっている。    「・・・楽しかったですか?」  嘘つきは聞いた。  「・・・楽しかったよ」  オレはそういうしかなかった。  嘘つきは本当に嬉しそうに笑った。  家に帰っても、今日はパソコンでネットと自分を嘘つきは繋げようとしなかった。   ソファでテレビを見ているオレの頭を自分の膝にのせ、髪をなでてくる。   なんだよ、この甘ったるいの。  セックスは散々していた。  傭兵の男を連れて来る前も、後も。  コイツが一番やる気を出すのは、男がした後のオレとするのだが、そうでなくてもコイツはオレとしたがった。  でもこの何日かされてない。  あの男が「しばらく来れない」と言って出ていって、その後抱かれたのが最後だ。  それからは、軽いキスとかはされるし、なんかこう甘やかされるようなスキンシップしかしないし、今日はデートって・・・。    何それ。  でも、優しく髪を撫でられるのは気持ち良かった。  猫とか犬とかの気持ちが分かった。    でも、同時にたまらなかった。  アソコやソコにはもう何日も触れられてない。  ここんとこ毎日されていたので、それが当たり前になっていたので、ちょっとツライ。  男が外出している間にメッセージを送ったり色々していたから、オナニーも出来ない。  この男にオナニーしているところを見つかるのは怖い。  なんか怖い。  人にされるのを見られてんのにそれくらいってどうってのはあるけど・・・それでもされてんのと、してるのでは意味が変わってしまうんた。  ビッチなオレにだって、限度はあるんだよ。    身体ならいい。  好きにすればいい。  性病とケガの心配もなくなった今ならどうとでもしてくれればいい。  身体と心は分けてきた。  でも、困る。  コイツ、心に触ってこようとするから困る。    コイツがオレを落としにきているのは最初から知っている。  コイツ、詐欺師だが洗脳のプロだ。  やり口がカルトのそれだ。  騙すのではない。  信じさせるのだ。  捕食者の能力がなくてもコイツは信じさせて人を殺せる。  自分から死なさせられる。  時間はかかるだろうけど。  コイツは一番タチの悪い詐欺師だ。  騙されたことに死ぬまで気づかず幸せなまま死なせることが出来る、本当の詐欺師だ。  一番大事な心の奥底に侵入して、人を支配する化物だ。  コイツに心を触らせてはいけない。  信じてはいけない。  なのに心地よいから怖い。     それにしたかった。  この何日かほったらかしにされた身体が、欲しがっていた。  触って、舐めて、嵌めてほしかった。  髪を撫でられるのは気持ち良い。   でも足りない。    欲しかった。  オレは膝の上から嘘つきを見上げた。  オレの髪を撫でる嘘つきの顔が見えた。  嘘つきは優しい目でオレを見ていた。  その指も目も優しかった。  なんでそんな顔するんだろう。  まるでオレが好きみたいな。  オレを信じさせたいのか?  言葉ではオレを騙せないから。  そんな目や指や、セックスや、デートまで。    ああ、そうか。  お前は人の心をコレクションしてるんだな。  みんなお前を信じて幸せに死んでいく。  みんなお前を愛している。  もしかしたらお前もみんなを愛しているのかもな、殺すだけで。  オレも欲しいのか。  お前は。  でも、今はオレが欲しかった。    嘘つきが欲しかった。  セックスがしたかった。  オレは腕を伸ばした。  嘘つきの頭をつかんで引き寄せた。  オレからキスした。  でも、嘘つきはキスに応えてくれない。  じれたように舐めても、甘く噛んでも、その唇は固く閉じられていた。    「なぁ、しよう?」  オレは起き上がり、首にすがりついて囁いた。  嘘つきの服の下に手を這わせ、その肌を撫でさえした。    優しく抱きしめられるだけで、何もしてくれない。  「あっそう」  オレはムカついた。  なんだよ、それ。  恋人ごっこするならそれなりにしろっての。  それとも、これも何かの駆け引きか?    嘘つきの股間に手を伸ばした。   なんだよ、ガチガチじゃないか。  こんなにしてるくせに・・・なんでしないんだ?  「・・・私が好きですか」  嘘つきが低い声で言った。  掠れたような、切羽詰まったような声だった。  その目は、笑ってなかった。  なんだよ、それ。    「そんなわけないだろ」  オレはさすがに笑った。  なんで拉致監禁されて好かれると思うバカがいるんだ?  「・・・私が好きですか?」  嘘つきは繰り返した。  その目の真剣さに気圧された。  何、コイツ。  なんだよ、これ。  「・・・好きって言わない限りオレとはしないってことか」  オレは呆れてしまった。  なんだよそれ。  オレもしたくなってるけど、コイツのだってガチガチだ。  したがってるのはコイツだって同じはずだ。    「好きじゃないとしないってお前どこのお嬢ちゃんだよ・・・お前だってしたいんだろ、なぁ」  オレは上のシャツ脱ぎ捨て、嘘つきの首筋を甘く吸った。  オレはしたい。  コイツとしたい。  ピクリと嘘つきは身体を震わせたが、何もしてこない。  身体が熱い。  体温を感じてますます身体が欲しがってる。  セックスがしたい。  オレは嘘つきの膝に乗り、ズボンを履いたままのそこを、嘘つきのズボンの股間にこすりつけた。  「んっ、はぁ」   固いこれ、挿れたい。  嘘つきは硬い表情で狂ったようにそこにこすりつけるオレを見上げるだけた。  「・・・しろよ・・・なぁ」  オレは泣きそうになった。  もうコイツのズボンを引きずりおろして、無理やり跨がるしかないかとか思った。  無理やりされたんだ、してもいいだろ。  でもしたいのはそういうのじゃなくて。  愛されてるみたいに抱かれたかった。  目を閉じて、嘘を見ないで、愛されてる誰かに抱かれてる気持ち良さに浸りたかった。    でも、嘘つきの腕力は見かけによらず強いのを知っているので、オレの力じゃコイツを押さえつけられないし、そういう無理やりはやはりオレの趣味じゃない。  抱いて欲しくてすすり泣いた。  絶対にコイツから逃げたら、恋人つくる。    今まで逃げてた。  オレはちょっと年はくったが、顔はそこそこ可愛いし、セックスも上手いし・・・ビッチもやめる。  本当に愛されて抱かれてやる。  こんな嘘じゃなく。  「私が好きですか?」  怒鳴るように嘘つきが言った。  好きだと言えと言っている。  意志を縛って言わせりゃいいのにそれはしない。  目が意外と必死で驚いた。  オレは知ってる。  これは罠だ。    「好きだ」と口にすれば、それも一つの暗示になる。  コイツはオレに言わせることで、オレを落とそうとしてきるのだ。  コイツもオレを抱きたいはずなのに。  「・・・私が好きですか?」  切ない声で嘘つきは囁き、オレの胸に顔をうずめた。  そう言ってと強請る恋人みたいに。  抱いてくれとアイツに強請ったオレみたいに。    魔がさした。  「・・・好き、だ」  オレはそう言ってしまった。        

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