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衝突 3
「何がそんなに楽しいんだ?」
私は助手席の少年に訊ねた。
少年は上機嫌だ。
私を見てはニヤニヤしている。
「スーツの嫁さん、見てみたかったんたよね、オレ」
楽しそうなのはそれか。
私が困るのが楽しいのか。
私はため息をつく。
「元、嫁だ。今は他人だ」
自らそうした。
縁を切った。
こうなるのが嫌だったから。
汚れ仕事をしている私に、彼女は相応しくない。
「・・・でも今でも好きなんだろ」
少年は当たり前のように言う。
「・・・」
私は答えない。
早く彼女を保護しなければ。
アイツはこういうことでは適当なことは言わない。
彼女を保護しろと言うのなら、それなりの根拠があるはずだ。
この焦る姿が、少年に確信を与えているのはわかっていた。
「・・・あんたも正義の味方なんだな」
少年が呟く。
さすがに驚く。
私は命令に従う、歯車だ。
上が必要だと思えば、少年を殺人鬼に差し出し、殺人鬼が殺人を行うこと助けさえする
少年が来るまで、あの男が週に一度のお楽しみで虐殺していたのは、一般人だっていたのだ。
男が楽しんだ後、死体を処理し、証拠を消す指示をしていたのは私だ。
正義とは遠い。
必要なら部下さえ見殺しにする。
歯車だ。
少年は本当には知らない。
私がどこまで手を汚したかなんて。
少年はあの男のことだって本当には知らない。
あの男も、私も、彼の前では本当には汚れた手をそれでも隠しているから。
「・・・誰かがやんなきゃいけないからあんたがやってんたろ。・・・嫁さんがいる世界を守らなきゃいけないから」
少年は呟くように言った。
それは自分に向かって言っているようにも聞こえた。
少年はあの男と捕食者に立ち向かう。
捕食者は人間を殺すものだから。
少年の大切な人々は人間だから。
少年はそのために戦い、そのために戦ってくれていることで、男の罪に目を閉じる。
「・・・そんないい理由だけじゃない」
私は呟いた。
もう戻れないからだ。
汚れ切った手で、今さら何をしろと。
この手ではもう彼女に触れることなども出来ない。
あの男が嬲り殺した青年の悲鳴。
男の楽しみが終わるまで、外で叫び苦しむ声を聞いていたこともある。
死体を迅速に処理するために。
一度始めたら止められないこともこの世界にはあるのだ。
駐車場に車を止めた。
「大学?」
少年は不思議そうに呟いた。
男と違い、少年は彼女について何の情報も知らないらしい。
あの男はおそらく全て知っている。
あれは脅しだ。
「お前のことはすべて知っている。僕を裏切ろうとは思うなよ」
そういう意味だ。
あの男だけは敵に回してはいけない。
全身の皮を剥かれた死体。
なかなか死なず、叫び続ける声。
苦痛を長引かせるプロフェッショナルでも男はあるのだ。
それが彼女に起こることだけは避けなければならなかった。
「ああ。彼女は数学者だ」
それも相当優秀な。
外国の大学からも誘いかあったが、生活の変化を嫌う彼女は日本に残ることを選んだ。
彼女は、単調な変わらない毎日と、美しい数学を愛しているのだ。
だから、この保護も・・・本当はしたくない。
今は1日一回の、SNSの投稿に「いいね」を押してやり、ひと月に一度、彼女が仕事帰りによる喫茶店で一緒にお茶をする、そのリズムを崩したくなかった。
予定外のことは彼女はとても苦手とすることなのだ。
少年にも説明しておかねば。
彼女は他の人達とは・・・異なる。
「彼女に会う前に説明しておきたいんだが・・・」
私はシートベルトを外して外に出ようとする少年に言いかけた。
いつもの通りなら、後数分後に彼女がこの駐車場にやってくるはずだ。
その前に・・・彼女に会う前に・・・少年には説明して起きたかった。
彼女との付き合い方を。
悲鳴が聞こえた。
女の声だ。
反応したのは少年だった。
ドアを開けて、弾けるように飛び出していく。
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