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衝突4

 女の人の悲鳴が聞こえた。  俺は反射的に飛び出していく。  スーツが何か言ったがそれどころじゃない。  声は駐車場のフェンスの向こう側から聞こえた。  ブロックを俺の身長以上よりも高くつんだフェンスを、俺は駆け上がり、一番上に腕をつき、フェンスを乗り越える。  スーツの部下にパルクールという、壁や建物を登る競技を教えてもらったからこういうのはすごく得意げだ。  フェンスやベランダのあるような建物なら、簡単に登り降りできる。  垂直の壁もある程度は駆け上がれるし、腕一本でフェンスを乗り越えるなんて、朝飯前だ。  ふわりと体中の関節の力を抜いて落ちる衝撃を吸収する。  うまく出来れば三階位から飛び降りても大丈夫になる。  そして、俺は上手い。    ただ、飛び降りてみてまずったと思った。  女の人が口もとにハンカチみたいなんを押し付けられ、羽交い締めにされているのは、まあ、予定通りだった。  でも、10人はいて、しかも武装してるなんて・・・予想外じゃないか。  しかも自動小銃って・・・どうやってここまできたの?  丸腰の女の人攫うのにそこまで装備いらないでしょ。  ここは日本だぞ。  女の人を取り押さえている ヤツ以外の全員の銃口が俺を向いていた。    「マジかよ」  俺は笑うしかなかった。    俺は跳んだ。  俺は助走無しでも自分の身長位は跳ね上がれる。  俺がいた場所に、銃弾が撃ち込まれていた。  こいつら躊躇しない。  本当に撃ってくる  着地と当時に奴らの中に、飛び込む。  これで同士撃ちを恐れて、銃は撃てない。  俺は撃たれても死なないがダメージが回復するのに時間がかかる。  撃たれたくはない。  そう、俺は・・・死なないだけの普通の人間で、捕食者とは違い特殊能力はない。    でも。  俺は即座に銃からナイフに切り替えて襲いかかってきたヤツの顔面を蹴り上げた。  体にはプロテクターがある可能性があるが、顔はさらけ出してあるから狙うべき場所だ。  顔の骨が折れた感触がある。  男は呻いて崩れ落ちた。  眼球位は潰れているんじゃないか?     俺の脚力は・・・普通じゃない。  俺はこれでも、世界を期待されていた陸上選手だったからな。  丸腰しの俺に油断していた連中が怯んだ。  違う男の喉を真っ直ぐに蹴った。    「うごっ」  呻いて吹き飛ぶ。    折れたか?  死んだかもしれない。  悲しいことだがしかたない。  俺の手だってもう・・・汚れているんだ。    俺は腰のベルトからつりさけていた山刀をケースから抜いた。  色々試してみたが、これが一番使えるのだ。   俺にはあの人みたいな何でも切れる刀や何でも消せる銃などない。  俺は俺の手足でたたかわなければならない。    でも、俺は速い。  誰よりも。    それはコースに立っていた頃から変わらない俺の呪文。  俺は動いた。  風より速く動け。  誰よりも速く。  俺の手足は俺の信頼に値する。  相手が動くより先に動け。  俺は素早く山刀を振り切った。  首が切り落とされる。  蹴り上げる。  首が有り得ない方向に曲がる。    腕を切り落とし、頭をたたき割った。  毎日毎日の訓練は無駄ではなかった。  絶対に死なない肉体と、決して壊れないからこそできる訓練は俺を前の身体では連れていけない場所に連れて行ってくれていた。  俺は速くて、俺は強い。  男達は判断が速く、撤収した。  女の人を掴んでいた男も一瞬、逡巡したが、女の人を手放した。   男達は女の人を置いて逃げていった。  確実に死んだヤツ以外は背負っていく。  去り際に撃たなかったのは、女の人に弾が当たるのを恐れただろう。  女の人が生きてさえいれば、また、攫うことができるからだ。  「生きて連れてこい」という命令をうけているということだ。  死んだのは3人か。  怪我人を連れて行ったのは、口を割らせないためだろう。  俺も色々わかるようになってきた。  正義の味方のはずなのだけど、なんだかダークサイドの人間ぽくなってきているような・・・。    俺はとにかく、女の人に駆け寄った。  山刀を腰のケースにもどす。  これって絶対、流れ的にはスーツの嫁さんだよね。  一刻も早く保護しろってことで、迎えにきたら攫われてたわけで。  でも、女の人じゃなかった。  女の子だった。  薬品をかがされて気絶しているのは。        そうそう、俺も薬品使って悪者攫うから知ってるけどね。  あれじゃダメだ。  俺なら悲鳴を上げさせることなく攫えるのに・・・タイミングが間違っている・・・いや、そんな話じゃない。  これはスーツの嫁さんじゃない。  だって、女の子だ。   俺より年下だろう。  似合わないスーツなんか着てるけど。  中学生?  華奢な骨格、折れそうな手足。  俺はそっと抱き上げた。  軽い。   肩の上で切りそろえた髪はボブというより中学生のおかっぱだった。  小さな顔は人形じみていて、指でつまんでつくったような小さな鼻や唇は地味だけど可愛らしかった。  可愛い子だ。    「・・・助けちゃったけど、これは絶対スーツの嫁さんじゃないよなぁ」  正義の味方としては正しいが、スーツの嫁さんを保護しにきたのにこれは面倒なことをしてしまったかもしれない。  後悔はしないけど。  スーツが走ってきた。  そう。  あのフェンスを乗り越えなければ、全力で走ってもこれくらいはかかる。  スーツは地面に転がる死体に目をやった。  一人は喉を折られ、一人は首を斬られ、一人は頭を割られていた。  持ち主は逃げたが、転がった腕も。    そして、俺が抱える女の子を見て叫んだ。  「  !!」  それはスーツの嫁さんの名前だった。  え、この子が?  どう見ても未成年・・・・。  「あんたロリコンかよ!!」  俺は叫んだ。  

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