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念願 2
「ガキが攫われた?」
意外と男は冷静だった。
「あのガキ・・・先走ったな。お前の指示に従わなかったんだな」
男はため息をついた。
「すまない。止められなかった」
私は謝った。
この大人の対応は予想外だった。
私は自分が殺されると思っていた。
どうのこうの言っても、男は少年を溺愛しているのだ。
「・・・その女が必要なんだろ、アイツらは。なら、交換とかを持ち出してくるさ。プロだしな。まあ、ガキは多少拷問されても死なないし、ちょっと良い勉強にはなるさ」
男はあっさりしていた。
拍子抜けした。
でも確かに連中は彼女を欲しがっている。
交換を持ちかけるために少年を連れ去ったのは間違いない。
部下達が駆けつけた時には、少年は連れ去れた後だった。
「で・・・犬。お前僕にまだ隠していることがあるな?」
男は言った。
まだ眠っているままの彼女を指差す。
「お前の隠していた性癖以外にもな。アイツらがこの女の子を欲しがるのはお前のようなロリコンだからではないだろう?お前を脅すためでもない。お前など所詮組織の歯車だしな、考えられるのは従属者を揺さぶるためだが、従属者の意志などなんとでもなる。・・・この少女に何がある?」
予想はしていたが、ロリコン呼ばわりが始まった。
わざわざ少女とか言う・・・。
彼女は3つ下の30才だ。
これでも。
私は断じてロリコンではない。
違うと言いたいが、否定することさえ許されないだろう。
あきらめる。
奴らが彼女を欲しがる理由は正確にはわからない。
でも、おそらく。
「彼女はコードブレイカーだ」
私は言った。
それを知っているのは、彼女の周りの一部の人間だけ。
「なんだそれは?コイツは数学者だろ?その世界ではちょっと有名な」
男が言う。
分かってはいたが、ちゃんと調べられていた。
私の弱味。
彼女のことを知っておくのはいずれ役立つと思ったのだろう。
「彼女は優れた数学者だが、それ以上に全ての暗号を解く解析機だ」
これは・・・彼女の周りの一部のみの秘密だった。
彼女は容易く全ての鍵を外す。
どうやっているのかは分からない。
彼女にも説明ができない。
でも子供の頃から彼女はまずパソコンのロックを外すことから始めた。
まだ言葉も覚束ないのに、パソコンに異様な興味を示す娘に困った両親は勝手に触らないようにパソコンにロックをかけた。
しかし、幼女は簡単にパスワードを打ち込んでいく。
最初は彼女の誕生日や、そういう覚えやすい数字の組み合わせのせいかと思われた。
それをやめた。
次はメモした紙がみつかったのか、と紙に残すのをやめた。
幼女は数字を言葉より先に理解していたからだ。
それでも小さな娘はパスワードを間違いなく打ち込んでいく。
どうやってでもだ。
両親は悟る。
この子にはパスワードがわかるのだ。
もしかすると、キーボードの汚れや具合から判別しているかもしれないと両親は考えた。
銀行に連れて行った。
ATMにキャッシュカードを入れて、小さな娘に操作させてみた。
娘は一度間違えたが、二度目は正しい暗証番号を入力した。
抱きかかえなけれぱ、番号も押せないような幼女は、どうやるのか分からないが、どんな暗証番号でも解くことができた。
両親はそれを秘密にした。
なんとなくそれが、凄いことなのはわかっていたが。
娘が犯罪者にでもなるのなら大変なことだったが・・・。
彼女にはその可能性は少なかった。
彼らの娘は、犯罪に走れるほど器用には生きられないことが、もう彼らには分かっていたし、彼女の人生をこれ以上生きにくくする必要はないと思ったからだ。
彼らの娘は聡明で美しい魂をもってはいたが、生きにくい性質を持って生まれてきた。
表情があまりない、言葉があまりない、同時に複数のことがこなせない、音や光に敏感、生活のパターンに固執する。
彼女はいわゆる生きにくい人間だった。
彼女がこの世界の中で生きていくには、どんな暗証番号でも破れる能力を持っていることなど、なんの意味もなく、役にもたたず、彼女の能力は秘密にされた。
おそらく、彼女の優秀な頭脳より、その能力はこの世界では価値があるのだろうけれども。
「連中がこの女の子の能力を欲しがっていると思うんだな?・・・面白い」
男は冷たい目でソファに横たわる彼女を見つめた。
男のマンションの部屋だ。
ここは警備システムが作られているので一番安心なのだ。
男を逃がさないためのシステムなのだが。
マンションの部屋以外は大量のカメラが仕掛けられている。
私は男から彼女を守るように男と彼女の間に立つ。
詐欺師はアイツから彼女のことを聞き出したのだろう。
詐欺師が何に彼女を使うのは分からないが、どのようにも彼女は使える。
詐欺師はネットに自分を繋げられる。
おそらく。
どのサーバーも経由せずにそのサイトに書き込みが出来るのはそのためだろう。
ネットとは暗号化された世界だ。
彼女がいればどこにでも入れて何でも書き換えられる。
詐欺師の嘘を本当にすることさえ出来る。
そしてアイツを詐欺師は手に入れている。
彼女はアイツの言うことなら何でも聞く。
信じているからだ。
俺以上に。
彼女にはアイツが強制され言わされているのかも、自分意志で言っているのかも区別はつかない。
彼女は言葉を言葉の通りにしか理解しない。
「嘘を見破る能力に、暗号解読の能力。その男のためにいるような二人だな、その二人をお前が持っている。詐欺師の敵はお前だよ」
男は言った。
私?
「なのに僕の可愛いガキが攫われた。・・・分かってるな?ガキが取り戻せなければ、ガキに万が一のことがあれば、お前の女を出来るだけ時間をかけて殺してやる」
男は笑顔で言った。
冷や汗が出た。
本気なのがわかったからだ。
「・・・安心しろ、詐欺師も殺してやる。僕のモノに手をだした全てのヤツを殺してやる。」
男は美しく微笑んだ。
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