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ブレイカー 1
彼女が目覚めた。
私は怯えている。
男が私の隣りにいるからだ。
彼女を男に近付けたくはなかった。
こんな恐ろしい男の近くになんていさせたくなかった。
だが、仕方ない。
少なくとも男は少年を取り戻すまでは彼女に何かすることはないはずだ。
彼女がいなければ、少年を取り戻す算段はつかない。
男は何をしてでも少年を取り戻す。
そして、彼に手を出した者全てを殺すだろう。
とにかく、彼女だけは守らなけば。
このモンスターから。
彼女は目を開けた。
切れの長い眦。
長い睫。
無表情さが人形めいた印象を余計に増す。
初め会った時、人形が動いていると思った。
祖父母の家にある、日本人形のようだと。
真っ黒な瞳に心配気に覗き込む、オレが映る。
彼女はオレを確認した。
「・・・状況を把握したい」
彼女の小さな唇が動いた。
「お前は誘拐されそうになって私に保護された。お前が誘拐されそうになった理由はお前の『暗号破り』のためだ。秘密になっていたお前の『暗号破り』が明らかになったのは、 が拉致されてお前のことを話したからだ」
私は説明する
「 が拉致されたのは私と関連があるのか?それとも別件か? が拉致されていたことは聞いていないが私には知らせるつもりはなかったのか?」
彼女から確認が入る。
ソファに横たわる彼女を見下ろす私を、彼女は生真面目に見上げる。
「お前とアイツの拉致は関連しない。アイツの話を聞いて興味を持たれたんだろう。アイツが拉致されていたことは教えるつもりはなかった。すぐに連れ帰るつもりだったからだ」
私は答える。
「理解した。できるだけ、現状に適応する。ここはどこなのかを確認したい」
彼女は淡々と話す。
面白そうに男はそれを眺めていた。
「ここは私の仕事相手のマンションだ。しばらくここでお前は保護される」
私は言った。
大丈夫だ。
彼女は冷静だ。
「理解した」
彼女はゆっくりと起き上がった。
男が彼女に近付く。
私はさり気なく男と彼女の間に立つ。
全身に鳥肌が立つ。
彼女など、男はものの数秒で殺そうと思えば殺せるのだ。
男は物珍しそうな態度を隠そうともしていなかった。
不躾に、ソファに座る彼女を見下ろした。
彼女は首を傾げ、男を見上げる。
「僕の恋人が君の代わりに誘拐された。取り戻さないと駄目なんだよね、協力してくれる?」
男は優しく言った。
ただその目は彼女を観察している。
何を見てる?
どう殺すのかシュミレーションしているのか?
この男は殺す相手は女子供でも全く構わない。
いや、むしろ、殺すならば相手は誰でもいい。
彼女は男の視線の鋭さを全く頓着しなかった。
「・・・そうか。なら助けてあげなければならないな。私の友人も拉致されているとのことだからな。何でも協力しよう。助けを信じて待っているのに、助けられないのではあまりにも悲しいからな」
彼女は頷いた。
「助けを信じて待っているのに助けられないと悲しい・・・?」
何故か不思議そうに男は言った。
「ああ。あなたの恋人も、私の友人も待ってるはずだ。信じてるから。迎えに行ってやらないと。待っていて来なかったらそれはとても悲しい。迎えが来ないのは悲しい。とても悲しい」
彼女は呟く。
私はハラハラする。
彼女は独自の価値観を持っていて、そのようにしか世界を理解しないのだが、その感覚が男を苛立たせないか心配する。
彼女に空気を読むことは出来ないのだから。
「殺されることよりも?・・・待ってるのに来ないことが?」
男が尋ねる。
「当然だ。だから間に合わなければならない」
彼女は言いきった。
男は沈黙した。
男は不思議な表情をした。
どこか痛いような、苦しいような。
何かをなくしたような、傷ついたような。
「・・・そうだね、間に合わないといけないね」
男は呟いた。
そして彼女に微笑んだ。
それはいつものとってつけたような微笑みではなかった。
男は優雅に礼をした。
まるで古い映画のレディに対する紳士のように。
そして彼女に手を差し伸べた。
「お茶でもいかがですか?・・・こちらのテーブルへどうぞ」
男は優しく言った。
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