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奪還 4
「でも、凄いね、あんた。まさか両脚斬って逃げるとは。正直想定外だった。斬らせるあんたもあんただが、斬るあのガキもガキたぜ。いかれてる」
男は感心したように言った。
オレや少年の不死身性には何か聞かされているらしく、そこには驚かない。
何を聞かされているにしろ、ソレは嘘だ。
嘘つきは嘘しかつかない。
「でも頼むからこれからは逃げるなよ。自分一人では逃げられないんだったっけ?・・・でも大人しくしといてくれよ。全部終わるまで。沢山人が死に、死人が蘇り、この世界を変えるその日まで」
男は言った。
そういう風に聞いているのだろう。
この男は嘘つきを霊能者だと思っている。
ホンモノの。
そして世界を変えようとしていると思っている。
この男に世界がどうとかは何の興味もないのは明白だが、死人が蘇ることにだけは執着しているはずだ。
この男が嘘つきに協力する全ての理由。
死んだ恋人を蘇らす、それだけが全て。
それは嘘なのに。
オレもこの男も嘘つきが何を始めようとしているのかはわからない。
分かっているのは沢山死ぬことだけだ。
会場を決めてはいるが、本当にそこで行われるのかもわからない。
「その人が本人の言うような救世主なのかはわからないし、その人がすることでこの世の中がどうなるのかは分からないけど、少なくともそんだけ好かれたら絆されないか?・・・絆されてくれ、そして逃げるな」
男はオレに頼み込んだ。
面倒を増やすな、と言っている。
「引っ越しも大変なんだよ。あの家は色々都合良かったのに・・・。また死体の処理もしなきゃいけないし」
男が訴える。
なるほど、前の家でオレが、全く役立たずだった嘘つきの代わりにオレがバラバラにした死体は、コイツが処理をしたわけか。
「・・・あんたは何とも思わないのかよ?コイツ、このままだと沢山殺すんだぞ」
オレは言った。
すやすやとオレの膝で眠る嘘つき。
無邪気この上ない寝顔のこの男、全く荒事には向かない男、死体の処理さえ一人では出来ない男
でも嘘つきは大量殺人を好む殺人鬼なのだ。
「・・・金を貰って人を殺してきたオレにそんなことを言われてもな。オレの可愛いアイツが本当に生き返るなら・・・何人でも殺してやる」
男は言って笑った。
簡単に言うから、もう決めているのだとわかった。
この男は嘘つきや捕食者とは違う。
人を殺すが、あくまでもプロフェッショナルだ。
むしろ、組織に属しているからこそ人を殺すアイツや「捕食者を狩る」目的のために殺す少年に近い。
いや、違う。
ヤクザなどの犯罪者でありながらもそれでも社会に存在を認識されている者達にちかい
嘘つき達のように存在すらタブーであるもの達とは違う。
傭兵?
もしくはそれに近い仕事だが、楽しみで殺してきたのではないことはわかる。
もっと感情の伴わない、もっと冷徹な何かで人を殺してる。
本来なら嘘つきの仲間になどならないだろう。
悪者なりの道理を心得ているタイプだ。
だが、大量殺人に手をかす。
そう決めたのだ。
男の恋人を蘇らすためなら、何の罪もない人間達を沢山殺してるいいと決めたのだ。
簡単に決めたのではないだろう。
善人ではないが、嘘つきやあの捕食者ほど悪人でもない。
でも決めたのだ。
だからこそ簡単に言い切る。
なけなしの良心を全て売り渡して。
人殺しを職業にしてても全てを闇に落とさないように立っていた場所からとびおりて。
嘘つきや捕食者のような闇を這いずる生き物に成り下がったのだ。
闇を蠢き、光さえない場所で自分以外の全てのものを貪る恐ろしくも哀れな生き物に。
支払ったのだ。
それでもなんとか人間としてやってきていたそれら全てを代金として。
恋人を生き返らせるために。
「オレぁ何でもやるんだよ」
男は微笑んだ。
嘘なのに。
自分の全てを払っても、恋人は蘇りなどしないのに。
それは嘘つきの嘘。
信じさせて、全てを支払わせて、何も与えない。
オレは震えた。
オレは嘘つきがどれほど残酷なのかを思い知った。
分かっていた以上に。
コイツは命だけではなくもっと大事なものを奪う化け物なのだと。
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