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カルト 5

 俺はテーブルに向かう。    あの人と彼女が向かいあって紅茶を飲んでいた。  俺達は飲み食いしないので当然なんたけど、俺、あの人に紅茶とか淹れてもらったことがない。  俺達が人間だったらあの人は、毎朝俺に紅茶とか淹れてくれたんだろうか。  いや、淹れてるのは俺だな。  間違いなく。  なんならベッドまで運んでる  彼女の隣に立つ。  彼女が俺を見上げる。  無表情な顔は人形みたいだった。  俺を見ているけれど、見ていないようなガラスみたいな切れ長の目。  華奢な手足、小さな身体。  どうみても、どうみても・・・年端のいかない少女にしか見えず、この彼女に憔悴するほど欲情するスーツにヤバさを感じてしまう。  コレは完全にアウトだろ。  実年齢が30才だとしても、コレはアウトだ。    スーツあんたアウト!!  スーツ大丈夫か?  公務員大丈夫か?  ヤバい性癖持っているのはあの人だけでなく、あんたもだったんだな?  いつか捕まるんじゃないか?  「お邪魔している。私を助けるために捕まったとか。申し訳ない」  彼女は固い口調で俺に言った。  「気にしないでいいよ。俺がスーツの指示を聞かなかったせいで捕まったんだし」  俺は言った。  あ、いけない。  年上でしかも大学の先生なことを忘れてしまう。  でも彼女はタメ口をたいして気にもとめていないようだった。  「スーツと彼女、泊めてもいいよね」  俺はあの人に言う。  会話を聞いていたはずだけど。  あの人はソファに崩れたままのスーツにチラリと目をやった。  しかし、背筋を伸ばし、紅茶を飲む姿さえ絵になるなぁ、この人は。  俺はうっとりする。  「かまわない」  あっさり言った。  意外だった。  スーツのやせ我慢を鼻で笑って下品な当てこすりを言うと思ったのに。  「・・・自分のベッドで一人で寝るように。寂しくても、だ」  しかも、彼女を諭している?  あの人かスーツのために?  なんで?  「彼が弱っているのは私が一緒に眠ったせいなのか。理解した」  彼女は頷いた。  俺は驚いた。   まだ知らないあの人がいるようだ。  あの人の彼女を見る目は優しかった。  いや、違う。  彼女を見ているんじゃない。  彼女に誰かを重ねている。  その人にお茶を淹れていてあげてたの?  その人にそんなに優しくしてあげていたの?  そしてその人には我慢していたの?    俺は会ったその場で犯したくせに。  だってあんたがスーツに理解をしめすなんて、そうとしか考えられない。  人間だった頃の。  多分、殺人鬼ではなかったころのあの人が一瞬透いて見えた。  彼女の外見のような年頃だった頃なの?  でも、それは俺のあの人ではなかった。  俺は胸の奥が痛んだ。  その人なのだと分かったから。  俺より前にあの人が愛したのは。  あの人は人の愛し方だけは知っている。  だから、愛した人がいたことは俺だって分かってた。  でも・・・。  俺は・・・あんただけしか知らないのに。     胸が痛んだ。  あの人の見えない過去が見えてしまったことに。  あの人が俺に目を向けたのが分かったので、俺は慌てて笑顔をつくった。  どうにもならない過去は気にしないことだ。  あの人は俺を愛している。  言葉にしてくれなくても。    それでいい。  俺が言うから良い。  「愛してるよ」  俺はあの人に言った。  あの人は紅茶を吹き出した。  完璧なマナーは消えてしまった。    「うわぁ汚いなぁ」  俺は紅茶を吹きかけられて顔をしかめる。  着ていたシャツをめくって顔を拭く。  あの人は真っ赤になっていた。  「・・・突然・・・言うな・・・」  照れてる、可愛い。  淫らな言葉は言わせたがるくせに、こういう言葉にあの人は弱い。     俺はあの人の髪を撫でて、彼女の前でキスをした。  そっと唇をあわせるだけの。  こんなのヤキモチだ。  知ってる。  でも、あんたは俺のだ。    ゆっくりと唇を離そうとしたら、後頭部を掴まれた。  唇が割られ、舌が入ってきた。    しまった。    そう思った。  前に公園で俺からキスしたら、そのまま公園のベンチに押し倒され、公衆の面前で犯されたんだった。  忘れてた。  この人はキスだけですませる気はない。  ちょっとやめて。  ダメだって。  舌を絡め取られ、甘く噛まれる。  抱き寄せられ、腰を撫でられる。    「ダメだって・・・」  俺がキスの合間に必死で言うが、あの人はやめない。  「ここで裸にはしないから・・・ちゃんとベッドで挿れるから・・・今から・・・行こうか?」  あの人は分かったようなことを言う。  ズボンの上から穴のあたりを撫でられて喘ぐ。、  いや、違うから。  裸にして、挿入しているのを人前でするのを俺は駄目って言っているわけではなくて・・・。  「バカ・・・あっ・・・」  俺はシャツの中に入ってきた手が胸を撫でるのに喘ぎながら言った。    彼女が無表情に、でもじっと見ているのに気づいた。  何の感情も感じられなかったがしっかり見られていた。  恥ずかしさに真っ赤になる。  「ダメ・・・」  俺は叫んだけど、唇を塞がれてしまう。  「キスしてきたのは・・・お前だよね。ちょっとだけ・・・服は脱がせないし、挿れないから・・・」  あの人が優しく言った。  「・・・可愛いい。ホント可愛い・・・」  すごく優しい声だった。  もしかして、嬉しかったわけ?  「愛してる」って俺に言われて。     めちゃくちゃご機嫌なあの人がいた。  う、嬉しいの?  そう・・なのか。  でも、ダメだって・・・!!  キスが気持ちよすぎる・・・。  嫌だ、乳首を摘まむな・・・。  俺は身悶えた。    「詐欺師はカルトだったぞ」  やっと正気に戻ったスーツがそう言ってくれなかったら、イかされていたかもしれない。  

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