119 / 275

助け手 4

 あと少しだった。  あと少しだった。  なのに、猛スピードで走る二台の車の間にその車は突然割り込んでこようとした。    いや、おかしい。  先を走っていた車が、スピードをあげ走ってくる二台の車がおいつきそうになると、突然並んで、一緒に走りだしたのだ。  待ち構えていたにしては何かがおかしい。  詐欺師達が逃げるルートを把握出来たはずかない。  その車は僕の車に並んだ。  この車は全くノーチェックだった。   奴らの部下は抑えていた。  捕まえることこそまだできなかったが、今、救出になんてこれるはずがなかった。  奴らをまだ追いかけている、と犬の部下から連絡があったところだ。   つまり、この車は詐欺師達の味方だとしても、コイツらの仲間とは違う方面の奴らなのか?    運転席の窓から、その車の様子を見た。  撃ってこないということは武器がない。    チラリと見て納得した。  普通の若い男だった。  耳にイアホンをはめ、スマホがドリンクホルダーに差し込まれていた。  そのボンヤリとした顔に見覚えがあった。  ガキが詐欺師の洗脳にかかった時の顔だ。  どうやったのかわからないが、この車が流れる道路で、ネットに繋がっているヤツを詐欺師は捕まえたのだ。  ネットから、その脳みそをハッキングしやがった。  壁まであと少し。  どんどんそいつは車を寄せてくる。  そして、僕の車と詐欺師の車の間に入り込んだ。  ・・・馬鹿じゃないか。    間に入ったところで意味はない。  この車も一緒に潰すだけだ。  僕は笑った。  一人死ぬやつが増えるだけの話だ。  たいした問題じゃない。  壁はすぐそこだった。  車がぶつかる衝撃。  まず、ハンドルに胸を叩きつけられ、肋骨が砕かれた。  その反動で座席の背もたれに後頭部を叩きつけられられ、頭蓋が割れた。  これらはほぼ当時に起こった。  一瞬で身体が砕かれたのだ。  肋骨は肺を破っていた。  さらに背もたれ激しく叩きつけられた僕の身体は、壁に投げられたボールのように弾んで、割れたフロントガラスから外へ放り出された。  壁に顔から叩きつけられる。  顔の骨が砕けるのがわかった。  皮膚がさけ、割れた肉と骨の間から、眼球が飛び出したのがわかった。  いつもでは見えない角度に視界があった。  ああ、くそ。  ガキには見せれない顔にされた。  アイツ僕の顔が好きなのに。  歯も砕けてる。  さすがに・・・。  動けなかった。  道路にたたきつけられた僕の隣りで、僕が乗っていた車は煙を上げていた。    ああ。  正義の味方は大変だ。  僕は思った。  だって、殺せなかった。  僕はため息をついた。  せっかくのチャンスだったのに。    慌てて車からおりて来る男を見つめる。  男の車は壁ギリギリで止まっていた。  男はもう正気に返っていて、僕と僕の車を見て混乱している。  僕はアクセルを踏めなかった。  この男の車ごと、壁にぶつかろうとしたその瞬間、ハンドルを切ってしまった。  ガキの姿が見えたのだ。  あの女の捕食者達が殺して回っていた時、もう助からない男を助ける為にビルから駆け下りたガキの姿が見えたのだ。  それが見えたら、詐欺師に操られているだけの男を殺すことができなかった。  どうせ助からない人間を、それでも助けに走るのだ。    ガキは。  ソイツ一人の死で、確実に化け物達を葬り去れるならそれ程コストが良いことはないのに、ガキは走る。  我が身とチャンスを無駄にして。  僕にはわからない。  何でそんなことをするのか、わからない。    でも、そうなんだろ?  お前にとっての正義とは、単に沢山の人々が助かるために犠牲を最小限にするわけではないんだろ?  沢山のために、一人を犠牲にするのはお前にとって正義ではないんたろ?  僕は正義の味方だ。  ガキ、僕はお前の、お前のためだけの正義の味方だ。  お前が助けたい者には、沢山のために犠牲になる人間もいるんだろ?  そう思ったから、あの瞬間、ハンドルを切ってしまった。  もったいない。  操られた男一人の犠牲で全てを終わりに出来きたのに。  間に入った車は、わずかに僕の車と接触したたけですんだ。    ・・・逃がしてしまった詐欺師達を。  泳がせていて、やっと捕まえられるチャンスだったのに。    僕は有り得ない方向にねじれた手足が回復することを待つことにした。    正義とは難しい。  正義とは随分、無駄が多いものなんだな。  僕はため息をついた。    

ともだちにシェアしよう!