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ゲームの達人 1
「・・・スーツは病院?なんで!?無事なのか?あんた何した?・・・なに怒ってんだよ、当たり前だろ心配するに決まってるたろ?なに怒ってんだよ、あんた、何つまらないこと考えてんだよ!!」
俺は怒鳴り、無線のイアホンをとった。
「 」
あの人が何か喚いているが聞かない。
見当違いの嫉妬の妄言は聞かない。
スーツの心配しただけで俺の心を疑うって。
全く。
携帯は今は持たされていない。
俺は詐欺師の支配下にあるからだ。
情報屋が言った。
ネットに近寄るな、と。
電話も取り外された。
傍受されない無線なら大丈夫だろうと、この部屋にあるのは無線機だけだ。
「・・・病院」
彼女が平坦な声で言った。
無表情だ、でも、その目がじっと俺を見つめる。
ほとんど表情のない顔は、その顔立ちの可愛らしさもあって人形っぽさを増す。
でも、その目の熱量だけは彼女が作り物ではないことを教えてくれる。
「あ、大丈夫だよ。スーツね、何故だか分からないけど走行中の車から落ちたらしい。でも、大したケガは無かったって」
俺は安心させるべく彼女に言う。
なんでそうなったのかはわかってる。
あの人に決まってるだろ。
俺は確信している。
走行中の車からスーツを放り出したのだ。
あの外道。
もちろん、殺すつもりでだ。
明確な殺意はなくても、そうなれはラッキー位のノリで。
あの人は!!
隙あらばスーツを殺そうとしているのは知っているけど。
それもくだらない嫉妬からなのだ。
今もちょっとスーツを心配しただけで、なんだかわけの分からないことを言い始めいたし。
俺は頭を抑えた。
「犬の身体の心配はするくせに、犬のケガを僕のせいだと責められる僕の心の痛みは何故気にしない!!」
あの人はわけの分からないことを言って怒っていた。
すごく頭がいいはずの人の、すごく頭が悪い発言って、イタいよね。
これをおそらくはスーツの部下たちの前で怒鳴ってる。
気の毒に。
笑いたくても笑えないのだ
笑ったら殺されるから。
大の男がする発言じゃない。
僕はため息をついた。
そっと彼女が僕のそばに立つ。
「心配しないで」
それでも俺は彼女に微笑んだ。
わかっていても、彼女を年上扱いできない・・・。
彼女は相変わらず人形のようだった。
強い熱量を持つ瞳以外は、表情がなく、まるで現実味のないほど綺麗な肌やまっすぐすぎる髪はその印象的を強くした。
小柄な150センチあるかないかの小さな身体、その身体をふんわりと包む柔らかな色合いのワンピース。
初めて見た時のスーツ姿の時よりさらに幼く、もう少女にしか見えない。
これはスーツが持ってきた彼女の着替えだ。
彼女がどうでも良さそうに服を受け取る様子から、彼女は着るものに頓着ないのはわかった。
だからこれはこれはスーツの趣味だ。
ふわふわ、ひらひら。
スーツ。
あんたロリコン確定だ。
残念だよ。
俺はため息をついた。
彼女はそんな俺をじっと見つめていた。
「心配しないで。何か飲む?食べる?」
俺は年下扱いをまたしてしまう。
大学の先生なのに。
だけどスーツによると、放っておくと食事もしないし寝なくなったりするらしい。
「空腹ではないように思える。彼は無事なのだな」
彼女は生真面目な口調で言った。
「うん。身体中、擦り傷と打撲だらけだけど入院するほどではないって。『力を抜けるようにしてやったおかげだ』ってなんかあの人が喚いてたけど。ゴメンね、あの人が多分なんかしたんだきっと」
俺は謝る。
「そうか。死ななければ大丈夫だ」
彼女は言った。
そして何度も頷いた。
「そうなの?」
意外な言葉に聞き返す。
「彼のことを心配するなと彼が言った。『死なない限り大丈夫だから』彼も彼のことを心配してるからそう思うようにしたと。でも彼も彼のことを心配しているのだけど」
彼女は言う。
何を言っているかわからない。
彼女の喋り方は特徴があって、代名詞の多用だ。
なので彼がどの彼なのかがよくわからなくなる時がある。
多分。
多分。
スーツのことを「死ぬまでは心配するな」と情報屋が言っていたということなんだろう。
うん。
多分。
「スーツは簡単には死なないよ。大丈夫」
俺は彼女に微笑む。
無表情だけど、その指が震えていたから。
「情報屋の彼も死なないから大丈夫」
俺は付け加えた。
というより、死ねないから。
今回は俺はもう現場に出ることはない。
詐欺師の支配下にある以上、操られる可能性があるからだ。
詐欺師は人の脳内に入り込む。
ネット等を通じてでも。
誰でもという訳ではなく、入る上限は存在するようが、とにかく俺は詐欺師に会えば支配されてしまうことがわかっているからだ。
詐欺師の能力は「充足」とスーツ達に名付けられている。
洗脳と幻覚。
洗脳の方は条件があって、詐欺師を受け入れなければ操ることはできない。
俺はネットでの接触で詐欺師の言葉に心を動かされてしまったので、ハッキングされてしまっている。
詐欺師を前に命じられれば喜んで、何でもしてしまうだろう。
情報屋を抱いた時のように。
だから、もう、俺の出番はない。
彼女の警護と言う名の留守番だけだ。
・・・ため息をつく。
あの人の側にいないのは・・・心配なんだ。
無茶しなきゃいいけど。
でも今回は殺される心配はないからそこは安心だ。
詐欺師の能力ではあの人を殺せない。
「あなたも彼が心配?」
彼女が聞いた。
「彼」はあの人だろうな。
「うん。あの人は死なないから大丈夫なんだけどね。でも、痛い目にあって欲しくない」
俺は答える。
俺よりもあの人は無茶するから。
俺達は不死身だけど、痛覚がないわけではない。
「彼が痛いとあなたも痛い。あなたが痛いより痛い。・・・私にもそれは分かる」
彼女はポツンと言った。
「そう、俺が痛いより痛い。だから傷ついて欲しくないんだ」
俺は呟いた。
彼女も頷いた。
「・・・私もだ。だけど私は彼らを傷つけ続けた。傷つくのが私だったら良かったのに」
彼女は言った。
ん?
彼ら?
「彼に彼を返したい。私は十分幸せだった。だから彼を助けたい」
彼女は言った。
「スーツを情報屋に返したいってこと?そんな返品きかないと思うよ?」
俺は言った。
「いや、彼は彼に挿入出来ないことが問題なのだろう?彼が彼に挿入すればセックスは可能だ。彼らの問題は解決する」
彼女は言った。
唖然とする。
スーツの情報屋の関係を知っているのか。
しかも解決策が情報屋の発想と同じ。
「私は身体も弱いし、性行為も耐えられなかった。彼なら彼はもう性行為を我慢する必要もない」
彼女は断言した。
いや、スーツがしたいのはその性行為じゃないと思います。
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