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ゲームの達人 6

 オレは言葉を失った。  ひどく甘い気分で目が覚めたはずだった。  いや、嘘つきが優しくオレの髪を撫でているその指は今も甘い。  思わず吐息がこぼれてしまうほどにあまったるい。  嘘つきの裸の胸にもたれてその指に甘やかされてはいるのに。  オレは目の前に広がる光景に言葉を失った。  目を閉じ、小さく丸くなって、毛足の長いホテルのカーペットに転がっているのはあの子だ。  アイツの趣味だろう、ダサいワンピースを着せられて。  小さな声で数えているのは素数だろう。  あの子は素数が好きだから。    「なっ?なんでこの子が・・・」  オレほ声を上げた。  「お目覚めかい兄さん。昨夜は楽しかっただろうなぁ・・・オレがこんなに働いている間に」  傭兵がくたびれた声で言った。  「兄さんは出し過ぎてもう出ないだろうけど、オレはもう疲れすぎ勃たないよ」    傭兵はソファに寝そべっていた。  時折、あの子に優しい眼差しをむける。  「・・・可愛いなぁ」  つぶやく。  コイツも、アイツと同じか!!  「ロリコンじゃねーよ。可愛いくて小さいモノを愛でるのかが好きなだけだ」  オレの視線だけで傭兵は言いたいことをよみやがった。  オレはベッドの前に開けられたそれに目をやり絶句する。  それはデカいトランクだった。    「あんたの真似をしてみたんだよね」  傭兵は笑った。    そこには手足を千切られ、捕食者の少年がぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。  少年は猿轡をされていた。  僅かに動く首をふる。  頭の上や横に切り落とされた手脚が詰め込まれている。  トランクに入るように手足は何カ所にも分断され、首と胴体だけはなんとか繋がっているだけだった。    はみ出た内臓もデタラメに押し込まれていた。  まるで狂った人体のジクゾーパズルだった。  少年の苦痛と怒りに燃える目だけが、現実感のない光景の中で生々しかった。  「ふきとばした部分もわかる範囲ではあつめたけど、多分部品が足りないとは思うんだよね~。兄さんの真似してつれてきちゃったけど・・・アイツら警戒してなかったねぇ。これが分かってて、あんたオレを行かせたんだろ?」  傭兵は嘘つきに言った。    オレは嘘つきの顔を見上げた。  昨夜あれほどまでに可愛いかった男は、今も無邪気な笑顔を浮かべてはいた。    嘘つきがこのゲームを止める気がないことはわかった   オレはホテルから飛び出して、ゴミ袋を買ってきて床にひいた。  汚れないように、だ  少年を組み立て始める。   だってオレ以外誰もしないんだから仕方ない。  こんな感じで死体もバラバラにさせられたような気がする。  今回は組み立てだけど。  切断面からは、触手が伸びていて、正直、気持ち悪い。   合わせてやると触手が絡まりあってくっついていく。  多分、トランクの外に出してさえやれば、勝手に自分で蠢きながらくっつくのだとは思うんだけと、早く元に戻してやりたい。  手、脚・・・はみ出た内臓は適等に腹の穴に押し込む。  勝手に蠢いて体内に潜っていく。  ・・・ううっ気持ち悪いかも。  まだ死体の内臓の方が動かないだけましだった。  少年はまた口が利けないが、目だけがオレに礼を言う。  お互い様だ。  気にすんな。  オレも目で頷く。    何故か嘘つきがオレに枕を投げつけてくる。    「なんだよ!!まだ服も着ないでベッドで悠々としているくせに!!ヤキモチか?だったらお前がしろよ!!」  オレは怒鳴る。    嘘つきはむくれたままだ。    綺麗な身体に何も身につけず、平然とベッドの上に横になっている。  大事なところも丸見え何だが全く気にしてない。  まあ、コイツの場合、隠すところがないくらい完璧な身体だからな。    運動もろくにしてないくせに、細身で筋肉質の身体はそんなとこまでお見事だ。  「服位着ろよ・・・」  オレは一応言ってみる。  嘘つきはどうでもよさそうな顔をした。  「オレは構わないよ。それにレディはそれどころじゃないし」  傭兵はソファで横になったまま、満足げに嘘つきをみている。  ニヤニヤしながら。  ああそう。  コイツもゲイだったな。  あの子はうずくまって素数を数え続けている。  そっとしておいてやろう。  バラバラの少年なんて見たら余計に混乱してしまうだろうし。    少年の身体は確かに部品がたりなかった。  腹を開けられた穴を全て埋めるだけの肉片はない。  でも、触手が穴の中に満ちていく。  足りないところを埋めるように。  とりあえず手足は繋いだ。  分からないがこれ以上出来ることはない。  少年を見つめると、少年は頷いた。  少し微笑む。  「大丈夫」ってことか。  オレも微笑み返した。  また枕が飛んできた。  「あのな!!」  オレは怒鳴る。  怒って振り返ったら、抱きしめられてキスされた。  嘘つきがベッドから降りてきたのだ。  もちろん真っ裸だ。  コイツは観られることに全く羞恥心がない。  怒ったように唇が貪られる。  オレはムリヤリ引き剥がす。  今はそんな気分じゃないっての。    「あのなぁ・・・」  オレはため息をついた。  嘘つきは子供みたいな顔をしてむくれる。    いかん。    可愛いとか思っている場合ではない。  「・・・手伝わないなら、邪魔するな。それとも手伝うか?」  オレは宥めるように言うと、もう一度だけ掠めるようなキスをしてベッドに戻っていく。  ああそう。  手伝う気はないのね。  ちらりと見ると少年は嘘つきのベッドに戻る裸の尻をガン見していた。  まだ腹から内臓をこぼしたままで。    ああ、そうだね・・・。  欲望に正直だよね。  若いもんなぁ。    可愛い。    オレの視線に慌てて顔をそらして赤くなるのも可愛い。  「身体が繋がったら抜いてやろうか?手ならさ、浮気じゃなくない?」  オレはニヤリと笑って少年に囁いた。    少年の顔が真っ赤になり、オレの頭に枕じゃなくてベッドサイドのスタンドが投げつけられた。    もちろん嘘つきが投げたのだ。  危うくよけた。   「冗談だよ!!」  オレは叫ぶ。  てか、散々ほかの男とさせといて、何を今更ヤキモチなんだ?  スタンドなんか投げるなよ。  危ないだろ、不死身だけどさ。  「・・・多分、内臓とか足りないと思うんだけど、大丈夫か?」  オレは聞く。  多分穴開けられた時にどこかに吹き飛ばされたのだ。  少年の胴体にどでかく開いた腹の穴の長中で触手がのた打ちまわっている。    気持ち悪い・・・。  少年は頷く。   「・・・従属者は・・・捕食者と違っ・・・て・・・新たに再生・・・するって・・」    声が出た。      そうなのか。  オレも従属者だけど、従属者については何も知らない。  首を切り離されたら死ぬくらいだけた。  つまりオレが手足切り取られて、もしも手足が燃やされても、また新しいのが生えてくるってことか。  捕食者は違う。  捕食者は一片の細胞さえも絶対に死なない。   たとえ灰になっても死なない。  絶対に再生する。  捕食者の肉体をこの世界から消し去ることが出来るのは捕食者の能力だけだ。  同じ化け物でも捕食者と従属者の違いを思い知らされた。    「再生するまで休んでな・・・コイツらが何考えてんのか分からないけど、今すぐどうこうしないだろ」  オレは慰めにならない慰めを言って、少年の髪を撫でた。  少年は顔を歪めた。  泣いてる。  「痛いのか・・そら痛いよなぁ・・・」  オレは慌てる。  こうされたことのある人間にしか分からない痛みだ。  されてみろ。  手足引きちぎられてみろ。  そしたらわかる。  でも少年の涙はそういう意味ではなかったようだ。  「ごめん・・・あの子・・・守れなかった・・・。スーツに任されたのに・・・。あの人にも・・・ここで警護してろって・・・」  ポロポロと涙が零れて、必死で少年は謝る。  手足引きちぎられて、腹に穴開けられて。  それでも考えるのは他人のことか。  コイツ・・・。  こら、あの悪魔でもやられるわけだ。  小賢しいオレでもやられるよ、これは。  「・・・大丈夫だ、なんとかなる。ちゃんと帰れる。お前もあの子も」  オレは優しく囁いた。  敵地のど真ん中で、敵の目の前で。  オレは優しく少年の髪を撫でた。     「大丈夫だから、気絶してろ。オレがついてる」    オレは囁いた。  よくここまで意識を保っていたものだ。  少年は泣きなから意識を失った。  大丈夫目覚めたら身体は再生しているよ。  オレは優しい気持ちになった。  この子は帰してやらなきゃな。    「とんでもないない化け物だぜ。腹に穴開けてやったのに、自分で下半身切り落として、腕だけで攻撃してきやがった。あんなのねーよ。怖かった。死ぬかと思ったぜ。ホラーだぜ、ホラー」  傭兵がげんなりしたように言った。    「頑張りやさんなんだよ」    オレは少年の髪を撫でた。  少し休め。    また何か投げつけられるかと思ったが、拗ねた嘘つきは布団に潜り込んで出てこない。  何考えてんだが。    「その理屈なら全てのホラーの化け物は頑張りやさんだぜ」  傭兵は唸った。    オレは血や内臓物で汚れた手を洗面台で洗い行く。  綺麗に洗ってから、カーペットの上で丸くなって、素数を呟くあの子のそばにすわった。    触らない。  触られるのをこの子は嫌う。  大人になり、握手や簡単なボディタッチ位は耐えられるようになったが、この子が接触を嫌うことには変わりない。  触れることが刃物で切りつけられのと同じなのだ。  触れられることに耐えるのは、相手の気持ちを思ってのこと。  この子は・・・とても優しいのだ。  苦痛でしかない行為を何度となく強いたアイツを赦し続ける。  優しい子。  オレの大事な親友。  オレの恋敵はオレの親友なのだ。  そうなんだから仕方ない。    「   」  優しい声で呼びかける。  この子の名前を静かに繰り返す。  大きな声はいらない。  この子には音も苦痛になるから。      ぎゅっと閉じられた目が開いた。  切れ長の眼を彩る長い睫を開けると、そこだけは表情豊かな 瞳が姿を表した。  「   」  オレを呼ぶ。  「ひさしぶりだね、・・・愛してるよ」  オレはあの子に囁いた。  「私もだ。愛してる」  あの子も生真面目に言い返した。  少しだけあの子は笑った。  オレも微笑む。  これはオレだけに向けられる笑顔だ。  布団に潜っていた嘘つきが、突然ガバッと起き上がった。  ああ、めんどくさい。  オレはそう思った。  

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