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理由 1

 女はスケジュールを確認する。  もちろん自分で何かを調べたりはしない。  最近お気に入りの侍女がそうする。  白い禁欲的な教団の制服を纏った侍女は清楚で、まさしく出家した者らしい。  だけど女は知っている。  昨夜は女の舌や指で侍女は淫らにとけきったのだ。    可愛い。   今晩も可愛がろう。  しばらくは飽きないだろう。  女は男は好きではない。  女を抱く方がいい。  男は父親を思い出す。  狂った父親を。  女は嫌なことを思い出しそうになって慌てて頭を振る。   「本日のご予定は以上です。聖女さま、今年の生誕祭についてお話したいと統括部長からお電話が・・・」  侍女は伝える。  女に仕える名誉に舞い上がっている。  空回るほど一生懸命だ。  夜も一生懸命だったことを思い出し、女は微笑む。  聖女のように。  「分かった。教団飛躍の年になる。神のご加護を得るためにも盛大に執り行わないとな」  女は柔らかい声で言った。  「政治家の先生達の献金を外務の局長に言っておけ。教団からではなく、政治団体からの献金にするのを忘れるなと念を押しておけ」  女は指示する。  父親のように狂ったことをするつもりはない。  上手くこの世界に適応していかねば。  見逃してもらうためには政治家に与える金が必要だ。  金と必要な時に動員出来る人数。  金と人を政治家は欲しがるからだ。  与えてやれ。  その代わり、「宗教の自由」という名のもと、政治家は教団を潰すような動きから教団を守る。  父親のように、本当にこの世界を支配しようなんてバカなことは考えない。  教団の現在の形が保たれるのならそれでいい。  大量の金と動員出来る人々。  政治家は欲しくてたまらないそれらを手に入れるためならば、少しばかりのことは目を瞑る。  教団に財産を捧げるのも、高額な魔除けを買うのも本人の意志だ。  政治家と同様に女もそう思っている。  信じた者の責任だ。  信じたヤツがバカなのだ。  女はバカじゃない。  だから父親を信じなかった。  もっとも、女は教団を始める前の、ケチな霊能者である父親から知っていたのだ。  飲食店を経営しながら、父親は霊視などといった怪しげなもので小金を稼いでいた。  確かに鋭い感性を持ち、人を惹きつける魅力を持った父親は霊視などではなく、会話や観察眼で人々の心に触れ、解決する方法を見つけるではなくその心を支配することで問題を解決した。  支配されれば全ての悩みはきえる。  従うだけになりさえすれば、何の苦しみもない。  考えるな、感じるな。    そうすれば全ての苦しみも悲しみも消える。  父親の方法は確かに人々を苦しみを救う方法だったと女も認めている。  自分であることを捨ててさえしまえば、ただ受け入れ流され生きればそこには苦しみはない。    痛みも苦しみも神から与えられた恵みだと、転換さえ出来るように脳を調節してやればいい。  人間の脳は素晴らしい。  苦痛さえ、歓喜に変えられるのだから。  それには必要な言葉を適切な方法で与えてやればいい。    女は父親を見てそれを学んだ。  でも、と。  女は皮肉に思う。  散々人々の脳内を調節した父親が自分の脳がおかしくなっていることには全く気づかなかったことに  自分が本物の神だと思いだした。  人間だった頃の妻と娘を遠ざけた。  そして山中に聖地をつくり立てこもり、そこで淫らな行為に明け暮れ、あげく、この世を支配しようと考えた。  愚かな。  女は嘲笑う。  最後に見た父親は、おそらく母親は違う弟だろう少年と、人前で交わっていた。  頭を綺麗に剃り上げられ、頭に宝石をはめ込まれた少年は清らかなまでに美しく、父親の卑猥なモノを後ろにくわえ込みなごらも、まるで殉教する聖人が苦痛に耐えるように喘いでいた。  父親が呪文を唱えながら、背後から少年を突く。  少年のしなやかなからだか波打つ。  たおやかな吐息をこぼし、少年の剥き出しになっている立ち上がったモノからとろりと液体が零れる。  父親の無骨な指が少年の淡い乳首を摘まむ。  少年は顔をそり、頭をふり、高い声を上げる。  父親はあの少年に執着していた。  その気持ちは分かった。  美しい少年。  弟だとわかってはいても、男は嫌いであっても、あの少年には劣情が駆り立てられた。    でも、同時に女にはわかっていた。  あの少年は空っぽなのだと。    父親が後継者だと宣言し、寵愛した少年とは何度か言葉を交わしたことはある。  もっとも。  10以上年上で、姉であるにも関わらず僻地の支部を任されただけの立場で幹部ですらない女は、少年の前に跪くしかなかった。  自分から口を聞くことさえ許されない立場だった。  だがそれは、今となればそれだけ女を父親が恐れていたことの証明だった。  自分が人間だった頃の妻子を父親は恐れたのだ。  自分の正体を知る人間だとして。    だからこそ女は教団の中で正気を保ち続けたのだ。  狂ったバカ共の中で。    女は外で生きることはもう自分には許されないことを知っていた。  教祖の娘。  その立場はどこまでもつきまとう。    教団のやり方は社会問題になっていた。  信者達はありとあらゆるやり方で、教団に捧げ続けていた。  教団を糾弾する者達の何人かが密やかにと姿を消すこともあった。  女だけは、教団の外の目で教団を見つめ続けていた。  ここから逃げ出しても、教祖の娘という立場から逃れることなどないことをよくよく理解していた。  たとえ疎まれ、幹部ではないため、教団が何をしているのか知らなくても、女も信者を獲得し、その全てを奪うことには荷担していたのだし。   でも、女には罪悪感はなかった。    父親達がこっそりしていることは知らないが、自分が新たな信者の自我を奪ってやることは救いだとさえ思っていた。  どうせ卑小な自我ならば、奪われ、従い使われろ。    何も考えるな。  従え。  憎めといったものを憎め。  信じろと言ったものを信じろ。     なるほどと女は皮肉に思う。  権力者達がもっとも望む市民の姿がそこにあった。  政治家達が協力的なわけだ。  自分達に協力している限りは。  父親はその辺を見誤った。  権力者達を脅かすようなものになってはいけないのだ。  あくまでも自己責任だと言える範囲ではないと。  父親の死後、解体させられ分裂した教団を新たに立て直したのは女だ。  自己を失った者達には新しい支配者が必要だった。  女は新たな支配者になった。  もちろん神を名乗ったりはしない。  神の娘であり、神の代弁者、神に近しい者としてここにある。  「聖人」と呼ばれた後継者。  美しい少年は父親による集団自殺の後表からは姿を消している。  自ら逃げたのか、それとも彼と共に姿を消した幹部に連れ去られたのか。  それはわからない。  だが、消えてくれたことは女には好都合だった。  いや、いたとしても、上手く利用できた自信はある。  あの少年は空っぽだった。  何もなかった。  美しいだけの空っぽの少年。  支配された人々に捧げられ、されるがままに生きている、美しい人形。    不幸の意味すら知らなかっただろう。    その後、幹部が少年を利用してこっそりと新しい教団を立ち上げたのは知っていた。  信者の一部をとりこんだことも。  たが幹部は自殺し、少年は本当に姿を消した。  残った教団は女が吸収した。  支配されたい人間を救ってやるのは支配者としてのつとめたからだ。  最近何故かあの少年のことを考える。    見えるのはビジョンだ。  美しく成長した少年には片腕はなく、でも清らかで扇情的だった。  予感?    予感など信じてはいないのに。  父親の嘘っぱちをいちばん知っているのは自分なのに。  少年が戻ってくるとは思わない。  今更教団で何をするというのだろう。  綺麗なだけのお人形。  まあ、もし、戻ってくると言うのなら。  女は父親に疎まれていたため、父親の相手をすることも、少年の身体愛でる機会もなかった。  父親に触られるなどぞっとする。  女にとってはケチな年老いた詐欺師でしかない。  でも少年は。  清らかで淫らな身体を思った。    選ばれた信者達が父親に許され、その身体を弄ぶところは見たことがあった。  その中に放つ以外のことは赦された。  横たわる少年に信者達は涙を流しながらむしゃぶりついていた。    男に女に年端のいかぬ者に、弄ばれるその身体。  喘ぎ、乱れ、波打つ身体。  女は確かにあの時欲望を感じた。  白い肌に舌を這わしてみたい。  その淡い色の乳首を甘く噛みたい。  その淫らな穴に指を挿れたい。  綺麗な形状のそれを擦りたて、声をあげさせたい。  もしも・・・戻ってくるのなら。    少年を所有するのは自分だ。  女はそう思った。      

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