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滅ぼされるべきもの 3

 私と男は入り口から地下の駐車場に続くスロープをおりていく。  外にいた私服ではなく、青い教団服を着た信者達が、5人建物の奥からかけて来る。  教団服の色は階級や役割によって違うらしいので、多分、この色が警護班なのだろう。  皆、一様に身体が大きな男達で、中には私と同じ位の大きさの者もいたがそれは大した問題ではない。  そして、皆、一様に私を見る。   いや、違うから。  男はご機嫌にむしろ自分から近づいていく。  綺麗な細身の男がにげもせず近づいてくることに、信者達は少し戸惑った。  男の右手が刀であることも。  しかし、不法侵入者であり、門を破壊した明らかな犯罪者である男にたいして何をしても言い分が成り立つことは、彼らの行動を迅速にした。  特殊警棒、スタンガン、スラッパー、スプレー、サスマタまで持っている。  一気に近づいてきた男に襲い掛かかってきた。    サスマタは2.3メートルほどの柄の先にUの字の金具のついた護身具というよりは、拘束するための道具だ。  Uの形になっている金具で相手を壁等に押さえつけることができる。  遠い距離から相手を拘束できるために、武器を持っている者に対して有効だ サスマタか男に伸びる。  男は真っ直ぐサスマタに向かっていく。  そして、金具に向かって刀を向けた。    スパン スパン  鉄で出来たサスマタはまるで枯れ木でも切るかのように、着られてしまった。  だが、同時に防犯スプレーかふきかけられる。  風下にいた私がむせ、咳き込む。  強力な刺激だ。  男は目を閉じ、呼吸を止めていた。    そこへスラッパー、つまり、先に鉛のはいったしなる小さな鞭、や特殊警棒を持った信者達が襲いかかる。  男は目を閉じたまま、その攻撃の先にいた。    男は滑るように動いた。  目を閉じ、呼吸を止めたまま。  ほんのわずかに身をそらせ、スラッパーをかわし、またわずかに動き、特殊警棒をかわす。  そして、フラッパーが真っ二つに斬られ、その斬った流れのまま、計算したかのようにその刀の軌道の中で、特殊警棒も斬られた。  止まっているふたつのものを、一振りで斬ることもさえ難しいのに、男は攻撃をかわしながら、攻撃してくるものにそれをしてみせたのだ。  しかも目を閉じたまま、呼吸をとめて。  達人だ。  私は舌を巻いた。  少年の身体能力は驚異的で、訓練の度に驚かされるばかりだが、この男のやっていることは・・・レベルが違う。  身体能力だけでは出来ないことだ。  呼吸と気配で相手の位置を探り、攻撃に一番正しい軌道を見つけそれを着る。  そんなこと・・・できるものなのか。    おまけに男はそこに、生身のままの左手で男達の腹に当て身を入れていったのだ。  ガツン  ガツン  スラッパー、特殊警棒を持っていた二人は床にのびていた。  スプレーを手にしていた信者は男にスプレーを吹きかけようとした。  ガキっ  折れる音がした。  スプレーを持った腕は反対側に折れ曲がっていた。  折れた骨が肉をつきやぶっている。  男の蹴りをまともに腕にうけたのだ。  信者は悲鳴をあげた。  そこで初めて男は呼吸をし、目を開けた。    ・・・この男は、本当に、本物の、化け物だ。  不死身という意味ではなく。  何をどうすれば、このような男が出来上がるのか。  武道を学ぶ者として、畏れしかない。     いや、この男は武道ではなく殺す手段としてこの域にまでたどり着いたのだということが恐ろしい。  残りはすっかり短くなったサスマタの柄を握った信者だけだったが、賢くも柄を放り出し、建物の奥へと逃げでいく。  正しい。  中にいる人間達に避難を呼びかけることこそ正解だ。    「どこへ向かっている」  私は迷いなく歩く男に聞く。  鍵がかかったあれば刀でぶちこわし、なんなら壁を刀でぶち壊しながら、男は迷わず歩いていく。  信者達は姿を消している。   避難しているのだろう。  防犯カメラが男をおいかけている。  動きはどこかでモニターされている。    「バカと煙は高いところが好きだっていうよね。こんな綺麗な建物つくって、従わせている奴らに揃いの服着せて、どれだけ自分が支配しているかってことに酔いしれるような種類のバカは建物の一番高いトコにいるもんなんだよ」  男は笑う。    教団の代表に会うつもりらしい。  「もう逃げているんじゃないか?」  私は最上階への階段を上る男に続きながら言った。  「神の代理人が信者の前で逃げる?・・・それはないね。逃げる位なら、それを見た信者を全員殺してから逃げるさ。僕が殺してないことを、その女は見ている。そこにその女は交渉の余地を見いだしている。バカだが、その辺はバカじゃないからね。少なくとも政治屋どもよりは頭が利く」  男は言った。    「ここへ来て何を要求するつもりだ」  私は最初から疑問に思っていたことを訊ねた。  「救ってやるんだよ。ここの信者達全員を。こんなバカなものを信じている奴らを助けてやるんだよ。僕は正義の味方だが、たまには救い主になってやる」  男はクスクス笑った。  その微笑みの邪悪さに寒気がした。  正義の味方では足りずに、救い主だと?  私にはさっぱりわからなかった。

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