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渇望 1

  嘘つきは叫び声を上げて、パソコンを殴りつけた音で、意識を取り戻した。  薄い液晶の画面を簡単に拳は貫き、煙をあげた。  そう、嘘つきは意外と力が強い。  決して非力ではないオレを片手で押さえ込める程に。  まだ中に入っていたモノを引き抜かれた。  その感触に思わず喘ぐ。  アイツの前で犯されたことに動揺してる。  やってるところは何回も見つかってる。  オレはひっきりなしに男を連れ込んでヤってたから。    でも嘘つきとしているところは見られたくなかった。    そして、オレを犯したのは嘘つきだけじゃなかった。  アイツは声だけでオレを抱いた。  声だけでバカみたいにこの身体は喜んだ。  あんなもんで・・・イった。  喜び続けた。  心も。  アイツが嘘つきにオレを渡したくないって思っていることが伝わる度に。  この身体と心は喜んだ。  みっともない程に。  嘘つきは乱暴にズボンを引き上げた。  もう犯されないことに・・・ホッとした。  でも、嘘つきはオレを引き寄せた。  オレの肩口に噛みついた。  食いちぎるように。  いや、食いちぎるつもりだったのかもしれない。  歯は深々と食い込んでいたから。  オレは耐えた。  嘘つきの怒りは正当だと思えたから。  オレは嘘つきを選んだ。    選んだんだ。    だけどオレは。  嘘つきに抱かれながら、アイツにイカされた。  嘘つきは獣のように吠えた。  パソコンを床にたたきつける。  凄まじい怒りにオレは少し後ずさる。      嘘つきは部屋の隅に膝を抱えて座る少年に目をやる。  少年は真っ青な顔をして苦しんでいる。  彼だけは洗脳に抗おうとしているのだ。  「止めろ!!」  オレは思わず叫んだ。    嘘つきはオレを怒ったように見た。    ・・・本当に怒っていた。    嘘つきは少年ではなく、オレの方へやってきた。  唸り声をあげて肩を掴まれ、殴られるのか、犯されるのかと怯えた。  でも、ただ抱きしめられただけだった。  それは予想外に優しい抱擁だった。  震えていたのは、嘘つきの方だった。  冷たいものが首筋に落ちた。  嘘つきが泣いている?  オレは呆気にとられた。  嘘つきはそっと身体を離した。  くちゃくちゃの子供みたいな泣き顔が見えた。  嘘つきは、しゃくりあげてさえいて。    悲しい?  何が?  犯されたのはオレだぞ?  オレはさっぱりわからない。  嘘つきは身体を離し、これまた部屋のソファーで眠っているあの子へと向かっていく。     「止めろ」  と怒鳴ろうとして何故か躊躇した。  そうか。   そうだ。  嘘つきはオレの前であの子や少年を傷付けたりはしない。   少なくとも、肉体的には。  だって・・・オレに嫌われたくないから。  そして、何をするのかはもうわかっていた。  あの子はこの何日、ほとんど眠ったように過ごしている。  だから、嘘つきが近寄ることにも何の反応もしない。  嘘つきはあの子の前に座った。  嘘つきの唇から青い言葉が零れる。  そしてそれはあの子の唇に吸い込まれていく。  あの子は目を閉じたままゆっくりと唇を開けた。  青い言葉が吐き出されていく。    寝室の方から、沢山の携帯やタブレットが唸り声を挙げた。  またどこかに嘘つきは入り込んだのだ。    この子を使って。  嘘つきは子供のようにしゃくりあげながら寝室に入っていった。  「・・・おい」  オレは何か言おうとしたが、嘘つきに睨みつけられ言葉を無くした。  いや、そんな子供みたいな態度で責められると・・・。  子供が部屋に閉じこもるような様子で寝室に入ると嘘つきはドアを叩きつけるように閉めた。  うん、まぁ、大丈夫だろ。  まだ嘘つきの計画は始まってない。    だからまだ殺さないだろう。  オレは嘘つきの態度の意味が全く分からず、困惑するだけだった。  しばらくたった後、オレは嘘つきの寝室を覗いて見た。  少年もあの子ももう一つの寝室で寝かしてある。  嘘つきはスマホやタブレットを床に投げ出してふて寝していた。  部屋にそっと入る。  泣きながら寝ていたらしい。    普通の男がこんな真似してたらドン引きするだけなんだが・・・顔がいいってのはすごいよな。  涙の痕をのこして眠るその寝顔は綺麗で惹きつけられるものだったから。  人類の悲しみに涙する聖人みたいな顔だった。    ただし、ドン引きするだけではなかっただけでドン引きしてないわけではない。  ドン引きしてる。  何コイツ。  どんだけガキなんだよ。  子供だ。      子供。    オレも中学の頃、まだアイツへの恋心を自覚してなかった頃、高校生のアイツが部活をオレより優先した時に泣いて怒った。  何でオレを優先しないのかって。  オレと釣りにいくつか約束したくせに、急に練習することになって。    オレを優先しろ。  オレの約束のが大事だろ。  コイツほど素直に泣くのではなく、泣きながらアイツが部活に行こうとする背中に罵声を浴びせかけた。  帰ってこない母親のいる家ではなく、毎日晩飯までアイツの家でご馳走になってるのに、アイツの妹たちと一緒に勉強まで見てもらっているのに。  自分をトラブルに巻き込んだガキを、アイツは実に面倒をみてくれた。  それがどんなに有り得ないことなのかをしっていたのに、それでもオレはアイツにオレを優先して欲しかった。     母親の愛さえ諦めていたのに。       アイツにだけは諦められなかった。  アイツに泣きながら求めた。    オレを優先して。  オレを大事にして。  誰よりも。  アイツは困ったようにオレの頭を撫でた。  「ごめん」  本当に困ってくれているのをみたら、そうしたいけど出来ないってのが分かったら、オレは願いを飲み込むしかなかった。  だって、本当にそうしてやりたいと思っているのがわかったから。  それでも、その願いはずっと胸にある。  「オレだけをほかの全てより愛して」    嘘つきはそれをオレに望んでいて。  それが叶わないから泣いている。  ガキの頃のオレみたいに。  ドン引きする。  呆れる。    でも・・・。    愛しかった。  眠る嘘つきの髪を撫でた。      コイツのオレに対する甘え方はふつうではない。  生活の全般を手伝ってもらいたがり、一時でも離れることを嫌がる。  泣いて怒るとかも、大人のそれではない。  正確な年齢は知らないがたぶん、25才位だろう。  大人のすることではない。  だが、嘘つきが子供だったことがあったかと思えば・・・、嘘つきは子供だったことなどなかった。  捧げられた生贄でしかなかった。  嘘つきはどういうわけだかオレを選んだ。  そして、オレに全てを求めている。  自分が与えられなかった、全てをオレに。  子供のオレが、出会ったアイツにそうしたように。    でもオレはいつしか全ては諦めた。  だって、こう言うと恥ずかしいけれど、愛しているからこそ、全部は望めなくなる。  それに、全てなんて与えられないものなのだ。     全て与えてしまったなら、もう自分ではいられなくなるじゃないか。  自分であることは捨てられないのだ。    でも嘘つきは違う。  コイツは愛が何かすら知らない。  コイツか知っているのは嘘と支配だけだ。    嘘つきはオレの全部を欲しがり諦めない。  全部を手に入れたらそこにはオレがいなくなることさえ分からない。  ただただ欲しがる。  そしておそらく。  何故欲しいのかさえ、嘘つきは分からないのだ。      母親に生贄にされ。  父親に犯され支配され。  兄弟とも命じられれば交わり、  友人など一人もいなかった  可哀想な生き物。  愛を欲しがるくせに、愛が何かもしらない、哀れな生き物。   でも感じるのは愛しさだ。  腕を失いながらもコイツがオレを欲しがり、オレを叫んだ時から感じるものは愛しさだ。  髪を撫でてやる。    嘘つきがゆっくりと目を開けた。  まだ濡れた瞳がオレを見る。  微笑む。  嬉しそうに。  目覚めてすぐに見れたモノがオレであることがそんなに嬉しいか。  でも次の瞬間怒っていたことを思い出したのか顔をしかめた。    子供かよ。  でも、愛しい。   「もう怒るな・・・悪かった。ごめん」   オレは謝る。    いや、本当は無理やり見せつけるようにセックスさせられたオレのが怒るべきなんだが。   オレがアイツの前で他人とセックスするのは初めてではないしな、オレはそんなキャラじゃない。  それに人前でセックスするなってコイツに言ったところで、公衆の面前で、崇められながらセックスさせられてきたコイツにそれの何が悪いのかなんて分からないだろう。   それより、アイツの声にイかされたオレが悪い。   コイツのもんになってやると決めたのに、アイツに名前を呼ばれただけでイったオレが悪い。  中を擦られてんのに、オレとは違う名前を呼ばれて射精されるつらさをオレも知ってるのに。  肌を重ねているのに、違うヤツとセックスされる切なさを知ってるのに。  でも。      嬉しくて・・・身体が喜んでしまった。      「ずっと好きだったんた。・・・仕方ないんだ。そう簡単には割り切れないだよ」  オレは言い訳する。    嘘つきはオレを睨みつける。  そんな言い訳はないってか。  そうだよな。  でも髪を撫でるのは止めさせようとはしない。  綺麗で、可愛い。  オレの男。  オレだけの。      

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