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解除 7
「警察を呼ぶ前に僕を呼んだのは正解だ。僕はお前たちの救い主だからな」
男は割と機嫌が良い。
警察は帰した。
我々が現場をしきる。
防犯カメラには傭兵が堂々と映っていた。
テレビ局の取材を終えた女は迎えにこない運転手を不審に思い、先に我々に連絡をしてきた。
おかげで警察が大事にする前に動けた。
女は先ほどまで、テレビでユーモアを交えて、視聴者が安心できるような倫理観や宗教観をかたっていた。
でも今はそんな宗教家の顔はもうしていない。
真っ青になっていた。
狙われていることを思い知ったらしい。
車の中は見てないらしいが、見ればもっと真っ青になっただろう。
尻の穴から精液を垂れ流し、鼻や耳を削がれた顔にも精液をかけられた男は綺麗に腹を割かれ、内蔵をとりだされていた。
女はそれでもしっかりした口調で話をしていた。
男はイライラしないで女から話を聞いていた。
とりあえず、昨日、悪人を拷問して殺したからだ。
少しは気が晴れたらしい。
いつも以上に凄惨な現場だったと部下が報告してきた。
犯罪者に強い処罰をのぞむどんな遺族でも、あの現場を見れば処罰感情は納得させられるだろう。
肉片になるギリギリまで死ぬことなくいたぶられる。
少年がいないので、性的欲求は限界だと思われるが、死体に性的な行為を行ってはいなかった。
男好みの外見だったのに。
何時でも抱ける男を用意すると言っているのに、男は不機嫌そうに断る。
この危険な男を不機嫌のまま野放しにするよりは、殺してしまったとしても被害者を差し出す方が公共の利になるからだ。
「浮気は良くない」
むっつりと答える。
殺人の方が悪いと思うのだが、この男はこの男なりの倫理に忠実なのだ。
「これは予告だ。お前達を残虐に殺すよという宣言だ。お前達が真剣に受け止めていないと思ったんだろうな。あの嘘つき野郎は。言葉ではなく行動であらわすってのからしいじゃないか」
男は楽しそうに車の中をのぞきこんだ。
男がいつも残す現場に比べたら大したことはない。
男もそう思ったのだろう、肩をすくめた。
ただ、死体の顔に残る精液には嫌な顔をした。
自分も死体相手にするくせに。
まあ、少年が来てからはしていないが。
それに男も、死体にこそ今回は手を出さなかったが、現場に精液が残っていたという報告はある。
どうやら自分でしているらしい。
女は車の中を見ようとはしない。
気丈な女だがさすかにこれは厳しいだろう。
女は教団から携帯やパソコンを追放した。
今は無線だけをつかっている。
だが、と女は言う。
「来週の生誕祭だけはそういうわけにはいかない」
この話は聞いている。
だからこそ、泊まるホテルもわかっているのに詐欺師達を泳がせているのだ.
「千人の信者が各地から中継された生誕祭を祝う。これだけは止めるわけにはいかない」
女は頭を抱える。
生誕祭。
教祖が生まれた日を祝う祭典だ。
今の教団は集団自殺や、殺人教唆をおこなった教祖からできるだけ離れようとしているが、教祖なだけに完全に切り離すわけにも行かない。
昔からの信者も多数いる以上は。
女が取った手法は神の代理者であった教祖は、死ぬ間際に道を誤り神の代理者であることを放棄してしまったというものだった。
つまり初期の教えこそが正しいという考え方で、狂っていった男のセックス賞賛推進の教えは切り捨て、初期のスピリチュアル風の教えを教理としたのだ。
ゆえに、教祖の誕生日を祝うことを、真の教えが地上にもたらされた日であると云うことで教団は大切にしてきた。
ここでの虐殺を狙っているというのが男の見解で、多分それは間違いではないと私も思う。
中継を使えばあの詐欺師なら同時進行で他の会場の信者も洗脳できる。
そして洗脳出来ない人間がいたとしても、洗脳した人間に殺させればいいのだ。
この女を殺すことは詐欺師には簡単に出来る。
この死体をつかったメッセージは「お前など何時でも犯させる。いたぶれる。殺せる」と言うものだ。
そうしないのは、狙いが女だけではないからた。
「こちらからこの日までに始末をつけたい」
女は切り出してきた。
大した女だ。
むざむざ狩られるつもりはないらしい。
「金でも何でも協力する。あなた達もアイツの息の根を止めたいのだろう?政府というくくりで動けない分は私がなんとかしてみせる」
女は言った。
男はこうなるのがわかっていたらしい。
「・・・いいだろう」
男はニヤリと笑った。
政府は男に捕食者を狩る全権を与えている。
男が捕食者を狩るためにする、もしくは男が楽しみのためにする最低限の殺人も許されている。
だがそれはあくまでも化け物と対峙することを想定して考えられていた。
今回のように宗教団体の信者大量殺害など、計画的大量殺人は想定されていなかったのだ。
もちろん大量殺人を許すなど国としてもあり得ないことだ。
だが、この教団は政権にパイプを持っていた。
金と動員力。
規模としては小さな教団だが、金と人を提供してくれる教団は権力者達には魅力的だった。
教団はアンタッチャブルな存在だった。
以前のような危険性がない以上、多少の霊感商法や洗脳めいた勧誘は見逃してきた。
その教団の宗教行事に男や私が介入することを、国は許すはずがなかった。
起こるかもしれない可能性の殺人のために、教団に介入するなど・・・。
許されるとしたら、会場で詐欺師が殺しを始めてからだ。
それでは遅い。
中継されることで同時に起こる信者達が互いに殺し合う大量殺人はそうなってしまってからでは止められない。
だから男は先に女にまず接触した。
女が自分を守ってくれと要請するのを見越して。
男は政治的な問題さえ見越して動いている。
そして、男が居場所はもうわかっている詐欺師を捕まえないのは、逃げられたらその日まで何もできなくなるからだ。
どう出てくるかも読めなくなる。
可愛い少年を奪われて、取り返してたまらないのに我慢している。
確実に少年を取り戻すために。
「祭りが始まる直前に勝負をかけよう。全面的に協力しろ」
男は言った。
誕生祭がはじまる直前、詐欺師達が動き始めたところで勝負をかけると。
「お前達を救ってあげよう。この僕が・・・お前達が生み出した化け物からな。お前達が生きながらに殺したモノから生まれた化け物から」
男は会衆に両手を広げる宗教家のように言ってみせた。
男の言っていることはわかった。
狂った詐欺師を生んだのはこの教団だ。
自分達のいる場所のために子供を犠牲にした。
自分達が何をしているのかも考えない。
教祖が何をしているかも考えない。
ただ、自分がゆるされるために全てを受け入れた。
考えないことを受け入れた。
子供が蝕まれていくことを受け入れた。
そして、あの詐欺師が生まれた。
詐欺師は自分を生み出したこの教団を憎んでいるのだ。
全てを消し去りたいと思うほどに。
「・・・救う価値もないお前達を。僕は博愛だからね」
男は実に優雅な微笑を浮かべた。
「過去の教団の話だ。我々は別だ。教祖は道を誤った」
女は自分達が無関係だと主張する。
「・・・お前は知っていた。お前の父親が何をしていたか。他の信者逹も知っていた。そして新しく入ってきた信者逹も知っている。でもお前達はその事実に目を瞑るんでしょ。お前達はもうここでしか生きていけないから」
他に行き場のないもの達だ。
女は社会に戻れば犯罪者の娘でしかない。
信者逹も教団を離れたならば、単なる弱い一人の人間でしかなくなる。
誰にも気にとめられない。
大勢の、踏みにじられるだけの。
だから目を瞑る。
殺した子供の魂から目を背ける。
なかったことにする。
・・・だからこそ詐欺師は彼らを許さないのだ。
詐欺師は彼らに支払ってもらいたかっている。
自分の魂を殺した料金を。
それぞれの魂で。
「僕は心に深い愛があるからお前達を救うけど、詐欺師がお前達を殺したい気持ちは良くわかるんだよね」
セックスするための道具として育てられ、沢山殺してそこから逃げた男が言う。
詐欺師はまさに男と同じことをしているのだ。
自分を消費した人間達を、その罪に目を瞑ることで今なお消費している人間達を殺さなければ、詐欺師は自分を取り戻せない、そう思っているのだ。
これは捕食者の単なる人間狩りではない。
これは、復讐なのだ。
「僕の愛を知れ」
だが、男は詐欺師に共感などはしていなかった。
いけしゃあしゃあと愛を語りはじめていた。
心にもないことを。
私は呆れる。
とにかく。
詐欺師は全てをリセットするつもりだ。
自分を解除するために。
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