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祭りが始まるまで 4

 テーブルで眠りそうなあの子に声をかけてなんとかぜんぶ朝ご飯を食べさせる。  下手すれば何日も食事を食べなかったりするのだという。  眠るように言わなけばずっとノートに何かを書き続けている。  下手すれば何日も眠らないらしい。  生きるための本能が欠落している、そう情報屋は言っていた。  彼女の興味のほとんどは数学にあるらしい。    この世界で何人が理解出来るかわからないものだけに注がれているらしい。    今でもパンをかじるのをやめてノートに目がいっている。  「ダメ。ちゃんと食べてから」  俺は叱る。  あの子はしゅんとしてパンをもぐもぐと食べる。    今日も傭兵がもってきたワンピースだ。   白いレースが重ねられた、外国の古い映画に出てくる少女が着ているようなヤツだ。  多分コレ、本当に古いヤツじゃないかな?  綺麗なんだけど、微妙にくたびれている。  ・・・時代物で高いじゃないの?  わかんないけど。  おそろいのレースで髪を結んだのは、傭兵のリクエストに疲れた俺とこの子の敗北の証拠だ。  お気に入りの服を着せてさえいれば、離れた距離から傭兵がにやつきながら見てるのを我慢するだけですむ。    あの子はどうでも良さそうだけど、話しかけられて研究の邪魔されるのは不快らしく、それが止められるなら、とレースだらけのコスプレとしか思えない衣装を文句を言わずに着てる。  俺も必要以上にあの子に近付かれる位ならもう頭にレースのリボンを結んでやる方がいい。  生きた着せ替え人形だと思っている可能性はある。  生きた人間をペットとして本当に飼っていたみたいだし。    本人は実害のないロリコンだと言っているが、俺は信用していない。  「・・・すまない。私は人の手助けがなければ生きていけない人間で申し訳ない。家や職場では家政婦や助手を雇っているのだが、今は君の好意に頼るしかない。申し訳ない」  あの子はリンゴをなんとか食べ終えて俺に言った。  本当はノートを開きたいがそれを我慢しているのがわかる。  ・・・俺に悪いと思っているのだ。  「気にしないで・・・でも、家政婦さんとか助手とか・・・そんなに大学の先生って儲かるの?」  俺はちょっと気になった。  「大学はそうでもない。だが私は金持ちだぞ」  あの子はさらりと言った。  「私には生きていく力もないが、パターンなどを見つけるのは得意だからな。株などの投資で稼いでいる。それで人に自分の世話を頼むことか出来る。・・・知人に迷惑をかけなくてすむ」  あの子は寂しそうに笑った。    「迷惑だなんて・・・」  俺は悲しくなった。    この子は自分を迷惑な存在だととらえているのだ。  「別に卑下しているわけではない。私は一人では生きていけない人間だ。だから金を稼げるのは嬉しい。彼は私と付き合いだした頃にはもう自分が専業主夫になると決めていたぞ。私は私の好きなことをすればいいと言って。・・・そうならないですんで良かった」  あの子は笑った。  彼ってスーツか。  スーツが専業主夫?  ・・・想像つかない。  「一人では何も出来ない私を支えるだけでいいと言ってくれた。彼は何にでもなれたのに、そうしようとした。私がダメだと言ってもだ。大学を卒業したら私のためだけに生きようとした。そんなのダメだと思った。卒業前に今の仕事にスカウトされて考え直したし、私と別れて自由になれた。良かった。本当に良かった。残念なのは、彼に彼を渡せなかったことだ」  あの子はため息をつく。  「彼は彼と行ってしまう・・・彼を渡すなら彼が良かった。でもいい彼なら・・・良いパートナーが見つかるきっと」  あの子は心から言った。  それがわかった。     あの子には男性が全員「彼」なのでややこしいが、言いたいことは良く分かった。  「なんで?スーツは君が大好きなのに」  俺は悲しくなって言った。  どうみてもロリコンだけど、スーツはこの子を愛している。    愛し続けてきたのだ。  別れたのも多分、愛しているからだろう。  スーツの仕事はややこしい。  結婚していない方がいいのは俺でもわかる。  この子のために別れたのだろう。   触られるのを嫌がるこの子を抱いて苦しめることも耐えられなかったのだろうし。  「愛している。ならば対等でいたい。だが、私は何一つ与えてやれない。彼が喜ぶこと一つ考えられない。性交渉にさえ耐えられないどころか、キスさえ耐えられない。されれば苦しみ彼も苦しむ」  あの子の目はかわいていた。  ずっと考えてきたことなのだろう。  「与えることも出来ず、傷付くことしか出来ないのは愛というには悲しすぎる」   あの子の言葉に俺は何も言えなかった。  「彼みたいになりたかった。いつも彼がトラブルに突っ込んで行っては彼が怒りながら助けに行く。でも、彼が困った時には彼はそれをなんとかして助けてくれる。与えて与えられて、笑いあえて。彼なら彼と性交するのも喜んてするだろう」  あの子はポツリと言った。      相変わらず言っていることがわかりにくい。  スーツがトラブルに飛び込む情報屋を助けて、スーツが困った時には情報屋が助けてきたのだろう。     「なんでも彼はビッチらしいぞ。そんなに性交が好きなら好きな人とするのはもっと好きだろう。私とはちがって。」  真面目な顔であの子は言う。  「でも、私は私だ。私は彼にはなれなかった・・・だからどこかで彼が良いパートナーと幸せに暮らしてくれることが分かればそれでいい」  ずっとずっとそう思ってきたのが分かった。  それはあまりにも当たり前の言葉として口にされた。  もとより、あの子は嘘などつけないのだ。  俺は胸が痛くなった。  この子の気持ちがわかったからじゃない。  スーツがそれでもこの子を愛しているからだ。  触れられなくても。    何もしてくれなくても。   傷つけてしまうだけでも。  苦しんでも。  それでもスーツはこの子が良かったのだ。  セックスが出来ないという問題を抱えてはいても、気があって、助けて助け合える間柄の情報屋よりも。  与え与えられる関係よりも。  俺は思ってしまったのだ。  今はいない誰か。  その人とあの人の関係は、少しスーツとこの子の関係に似ていたのかもしれないと。  「私が彼に与えられるのは心だけだ。そんなものどれだけ意味があるのかは私にはわからない」   あの子の言葉に俺は首ふる。  「それでもスーツは君がいいんだよ」  俺は切なくなった。  身体をいくら重ねて、あの人とどれだけ笑いあっても、あの人がどんなに俺を好きでも。  俺とずっといても。  「君の心が一番欲しいんだよ」  俺は言いながらその言葉を噛みしめた。  苦い味がした。  その心のためなら他に何もいらない。  いわゆる幸せみたいなものは。  そういう風には俺は好かれていないのを知っているから。    あの人は心どころが俺の全てを欲しがって奪った。  でも誰かに与えられた心は一番心の底にしまっているのかもしれない。    宝物みたいに。    あの人はそういう風に生きているのだろうか。  俺はとりあえず戻ったらスーツに八つ当たりをしようと決めた。  組み手の相手をしてもらう。  絶対手加減しない。  今決めた。       俺もあの子もしんみりしてしまった時だった。  窓ガラスが割れる音がした。  俺はとっさにあの子を抱えて床に伏せた。  あの子は俺に抱かれて悲鳴をあげたがしかたない。  すぐに離れて、あの子に言う。  「ここで待ってて。気持ちを落ち着かせるために、あれ、何だっけ、あれを数えてて」  俺は彼女の好きな数字、なんだっけ、数学の授業てならったやつ・・・。  「素数?」  あの子が答える。     「それ、それでも数えてて。素数って何だっけ?」  俺が聞いたらあの子は冷たい声で言った。  「今更それを聞く時点で君に教えるのは意味がない」  数学にかんしては辛辣なのだ。  でも俺、中学生から数学やり直しているところだから許して欲しい。  「目を閉じて・・・数えてて。何もみないで」  俺は出来るだけ優しく言った。

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