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祭が始まるまで 7

 ・・・お前は敵をこんな目で見つめてきたの?  もう戦わせられなくなるかもしれない。  何、そういう目もたまらなくなるじゃないか。  普段の目が一番好きだけど、これはこれで。  可愛い。  可愛い。  僕の恋人。    ガキは愛用の山刀を手にして構えていた。    その目は言っていた。  殺す、と。  可愛い。  可愛い。  全部可愛い。  手足を引きちぎって。  内臓を掴みだして。    動けなくしてから連れ帰る。   そして優しく抱いてやる。    僕の可愛い恋人。  僕は思わず微笑んだ。  こんなに長くガキと離れていたことはなかったし、自分で処理するハメになったのも初めてだ。  おかげでガキを見ただけで欲情してしまう。  連れて帰る前に手足を千切って抱いてしまおう。  ガキの中に入りたい。  あの穴で沢山擦って、沢山だしたい。    優しくだいてやれないかも。  連れて帰って、手足が繋がったなら・・・。  優しくするのはそれからでいい。  今はとにかく、引き裂いてでもガキが欲しかった。   ああ、酷くしてしまいそうだ。  ガキに先に謝る。  「ごめんね。酷くすると思う」  お前を引き裂きながら抱く日がくるなんて。  乱暴に抱く事もあってもそんなことをすると思ったことはなかった。  だけど、僕はそうすると決めた今、たまらなく興奮している。  他ならぬお前をそういう風に抱けるなんて・・・思いもしなかったからこそ、暴力に欲情する僕の劣情が今止まらない。  それと同時に胸がいたむ。  傷つけたくないのだ。  苦しんで泣かせたくはないのだ。   犬が女を無理やり抱くことを馬鹿にしてしまったが、今その気持ちがよくわかる。  嫌がられても欲しい。    だがいつもは僕よりガキの方が僕を欲しがってるのを僕が拒否してるんだからな。  ガキが欲しがってるのは僕の穴だけどな。  犬とは違うぞ。  あいつらは女は何時でも嫌なんだからな。  ガキは僕が嫌がれば絶対しない。  優しいガキ。  あんなに欲しがるくせに止める。  愛しいガキ。    でも僕は違う。  違うんだ。  覚悟を決めた目で、僕を睨み付けるその視線だけでもたまらないのだ。  お前を抱きたい。  思うがまま支配したい、閉じ込めたい、僕だけのモノにずっとするんだ。  僕はうっとりとガキを見つめた。  指先までスッとしたその立ち姿。   動き出せば見事に躍動するその身体はしなやかで。  「おいで」  僕はもうベッドにガキを呼ぶ時の声でガキを呼んでいたかもしれない。  ガキに山刀を選んでやったのは僕だ。  人を斬るには技がいる。  だが、十分な重量がある山刀はそれを扱える腕力さえあれば、木の枝でも切るようにその重みと勢いで人間の首でも腕でも飛ばせる。    そして、ガキには十分その腕力があった。  だから山刀を薦めたらガキも気に入った。  ガキは指一本で全体重が支えられたりするし、いずれは電話帳を破けるようになりたいとか言ってる。  ・・・何になる気だ。   ガキの身体能力は異常だ。  身体の筋肉の連携が素晴らしいのだと犬が言っていた。  見かけはガキよりも筋肉だらけの男ども以上の数値をトレーニングで叩き出すのだと。  凄まじい才能だと犬は絶賛している。  犬の武道の師匠とやらに犬は引き合わせたいと言ってきたが、僕から離すのは嫌だからちょっと渋っている。     ガキの技術が上がるのはガキの生存率を上げることになるからそうするべきなのだけど。    僕はガキを見つめる。  長い廊下の真ん中に立ち、僕を待ち受けるガキ。  振りかざした山刀。  構えは隙だらけだ。  だが、ガキは手足の延長として山刀をつかっている。  ・・・それが出来るのはそれなりのヤツなのだ。  油断はしない。  完璧に動けなくなくして、・・・ちょっとだけセックスしてから連れ帰る。  僕は右手を刀に変える。  右手が銀色に変色し、ジェルのように溶け出したところでガキの身体が跳ねた。   焦ったのは刀に変わる前に来たからじゃない。   ガキが跳んだからだ。  でもそこも本来は問題じゃない。    ガキが跳んだ場所から僕のいる場所までの距離は跳んだだけで届くはずがなかった距離だからだ。   だがガキは一瞬で間合いを詰めた。  助走もなしで信じられない距離を飛ぶことで。  時間の感覚がおかしくなったのかと思う。   ガキが移動する時間が消滅届したのかと。  その時間ではここにいないはずの人間が今、目の前にいるのだ。  もうガキはキスが出来る距離にいた。  キスのかわりに、山刀が首から数センチの距離にあった。  ・・・コイツ。  化け物か。  僕はそう思った。  そんなことしてきたヤツは今までいなかった。  僕は辛うじてガキの山刀を膝を曲げて屈むことでかわした。  髪が斬られた。  後数センチで頭の皮膚ごと持っていかれるところだ。    僕の右手はまだ完全に刀に変形していない。   ガキほ速い。  速いとは知っていたが・・・敵として対峙してみると、ここまで速いとは思っていなかった。  でも、そう。  コイツは「化け物」相手に戦いながら学んできた。   時に死にかけながら。  それはコイツを「化け物」に成長させたのだ。  だが、ガキの動きは大きすぎる。  次の動きに入る動作があまりに大きく雑すぎた。  僕は前にかがみこみ、ガキの山刀を避けた姿勢のまま、ガキが攻撃してくるために踏みこもうとしてきた脚に足払いをかけた。  自分が前に突っ込む勢いでガキの身体が完全に宙に吹き飛んだ。    よし、これで地面に転がる。  転がったところで手足を僕の刀でぶったぎる。  僕は自分の身体のバランスを戻す。   ガキをすぐに刀で貫くために。  ほら、刀に右腕は変形し終えた。    だがガキは頭から床に突っ込みそうになった身体をまるでとんぼ返りでもするように、刀を持っていない手片手で跳ぶようにして地面で跳んでみせた。    まるでサーカスだ。  くるりと一回転してガキは僕に向かい合う。  なんてバランス感覚だ。    あそこまで体勢を崩しても、すぐ体勢をもとに戻せるのか。    しかもそこからすぐにまた攻撃してくる。  重い山刀を持つ右手が鞭のようにしなう。    それを片手でそんな風にあつかうか!!  腕力が桁外れだ。  一撃で人の首を飛ばす攻撃が跳んでくる。  しかも速い。    本当に速い。  首を狙いにくると分かっていなければよけられなかった。  僕はバランスを崩さぬようステップでわずかに後退して避ける。       デタラメと言っても良いはずの力任せな攻撃は、ガキの凄まじい腕力と身体の柔らかさ、そして普通じゃないバランス感覚のため、連続で行うことを可能にした。    次から次へと、山刀は僕に向かって振り下ろされてくる。  こんな大振りなのに、とてつもなく速い。  本来なら振り下ろし切ったところで、こちらが攻撃できるはずなのに、そこからさらに上にむかって切り上げてきたりもする。  反撃する隙を与えてくれない。  それはどれも当たれば当たった部分を吹き飛ばされるのが分かる攻撃だ。   そうなれば、死なないとしても、僕は動けなくなる。  動けなくされている間に・・・詐欺師はガキをつれて逃げるだろう。  詐欺師はそれを狙ってる。  そして、確実に避けるために足をつかって避けているのがまずい。  狭い廊下で足をつかって避けるには後ろにさがるしかなく・・・このままでは壁においつめられる。  ガキの攻撃は止まらない。  これも有り得ない。  ここまで呼吸が止まらないヤツなどいないはずなのだ。  僕もガキも呼吸をしている以上、動きすぎたら呼吸は上がり、苦しくなり、動けなくなるのは人間と同じだ。  ガキはほぼ呼吸をとめた状態で動き続けている。   短距離を全力疾走し続けているのと同じなのだ。  なのにまだ動ける。  僕が動き続けることができるのは、呼吸をしながら最小限の動きで動くことが出来るからだ。  僕は武道としてではなく人殺しの手段として戦いを身につけたが、呼吸をコントロールし、相手の呼吸を読むことは戦いの中ではかなり重要なことであると、武道の考えと同じに考えている。  ガキの呼吸はよめない。  ほぼ無呼吸で動き続けているからだ。  おかしい。    コイツの心臓と肺・・・どうなっているんだ。      紙一重でかわしながら、時に皮膚一枚、布一枚を斬らせてしまう。  この僕に傷を・・・。  僕はガキの身体能力をナメていたことを悟った。  ガキは「化け物」だ。  こんなことが出来たヤツは知らない。  僕は背後に壁の存在を感じた。  ・・・追いつめられた。  この僕が!!  

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