172 / 275

祭がはじまるまで 8

 ガキは躊躇しなかった。  追いつめられた僕を真っ二つにしようと山刀を振り下ろした。    僕はその瞬間あえて前に出た。  もちろんこれでは避けられない。  それだけのスペースがない。  僕の刀に変形している右手が、肩から切り離される。  鮮血をほとばしらせながら、右手が切り離されるのがスローモーションのように見えた。  同時にガキの目に得心が見える。  相手の武器を奪った。    狙った場所を斬ったわけではないがこれは上出来の結果、そう思っただろう?  可愛いガキ。     お前は化け物だ。   お前は強い。   だけどお前は単純すぎる。  僕は切り離され、落ちて行く右手を左手でキャッチした。    そしてその掴んだ右手が変化した刀でガキを、すくい上げるに斬りつけた。  鮮血が迸る。  ただし、今度その血を流したのはガキだ。  ガキの山刀を握った右手が床へと転がる。  「・・・形勢逆転」  僕は微笑んだ。    同じ片手は奪われたもの同士。  ただしこちらは武器を持ち、そちらは丸腰だ。  ガキは慌ててカーペットの上に転がる山刀を拾おうとする。  馬鹿だな。  武器に拘るな、と僕は教えたはずだ。  僕は踏み込み刀を振り下ろした。    鮮血が迸る。  ガキの左脚が切り離され転がる。  さすがにガキはバランスを失って床に転がった。    右手左脚を斬られ、血を流しながら転がるガキ。  可愛い。   可哀想だと思ってもいるのだが。  ・・・ゾクゾクしてしまうのは、僕の性癖だ。  残りの手足を切り離して動けなくしてから・・・。  ちょっとだけ抱かせてもらおう。  後で後で優しくするから。  僕はもう堪らなくなっていた。  正直ガキ相手にこういうことが出来るのは今回限りだと思えばこそ。  いや、ガキは可愛い。本当に可愛い。  何でもしてやりたい。    でもこういうのは本来恋人には出来ないことなのは分かってるし、ガキに嫌われるのは嫌だからこれはしないけどけど。  血を流して倒れているガキに興奮してしまうのは仕方ないし、今なら言い訳が立つ、ような、気がする。  うん。  僕は右手をくっつけた。  腕と肩の付け根から触手が伸び、斬れた腕と胴体を絡まり合いながらつなげていく。  僕は微笑みながら、腕かつながるのを待つ。    僕のだ。  やっと取り返した。   僕のだ。  もう離さない。  鼻歌がでそうだ。  でも、まだガキは洗脳下だ。  詐欺師から離れるまでは逃げられないように手足を切り離しておかないと。  そして、少し少しだけだ。  ガキ、お前に触りたい。  どれだけ我慢したと思ってるんだ。  誰も抱いてない。  この僕が。   触らせろ。    切り離した手足すら可愛い。  血の海の中、のた打つガキを僕はうっとりと見つめた。  見てるだけで暴発しそうだ。  僕はもうガキに覆い被さりたいのを自分を抑えて我慢する。  尻を掴んで、ガツガツそこを突いてやりたい。  可愛い乳首を可愛がってやりたい。  さすがに痛くてイけないだろうが、そこは連れて帰ってから存分に可愛がってやる。  今はとにかくガキに入りたかった。  確かめたかった。  僕のだと。     僕は自分をなだめる。    ちゃんと、完全に手足を全て切り離してからだ、と。  ガキは強い。  油断してはいけない。  でも口もとが緩んでしまう。  ガキに会いたかった。  抱き締めたかったのだ。  ずっとずっと。  ガキはそれでも這いはじめる。  左腕と右脚だけで。  必死だ。  ガキは絶対に諦めないが、もうこの勝負は僕の勝ちだ。  そしてガキは落ちていた山刀をつかんだ。   無駄なことを。  立ち上がることもできないのに。  僕は右手の刀をガキに向けた。  さあ、残った左腕と右脚も切り離そう。  苦しいだろう。  でも、お前を逃がさないためには仕方ない。  それから少しだけ、お前に入らせて。  興奮で呼吸が乱れそうだ。  まだだ。  まだ。  必死で這いずって山刀を掴む血塗れのガキは可哀想で健気で可愛くてたまらない。  まだ戦う気?  可愛い。  手足を切り離してあげる。  まさかお前の手足をもげる日がくるとは思わなかった。  ・・・いっとくがこれはお前のためだからね。  お前を助けるためだからね。  僕は言い訳する。  ゾクゾクした。  切り離した瞬間射精してしまうかもしれない。  こんなにも可愛い生き物を刻んだことはなかった。    いや、もちろんガキが苦しむのは嫌だ。  僕以外にされるかと思うと許せない。  絶対に。  でも、助けるためなら、ね。  まあ。  ちょっとは。  僕はにけやていたかもしれない。  僕はガキに足取り軽く近づいた。  さあ、切り落としてしまおう。  そして・・・。  だが、僕は信じられないものを見た。  まるでベールをたなびかせるような軌道を描いて、鮮血が飛び散った。  それは、片腕片足を切り落とされた身体が、腹筋だけてまるでクルリと宙で回転するように床から跳ね上がったからだ。  切り口から流れる血は、その動きをトレースしたのだ。  馬鹿な。  片足片腕でガキは起き上がってみせたのだ。  しかも山刀を構えている。  有り得ない。  手足がなくなりバランスの変わった身体を筋力だけではささえられない。    凄まじいバランス感覚だ。    ガキ・・・お前は化け物か。   化け物の僕に化け物と言わせるとは・・・、  ガキは僕を睨みつけていた。  ガキの目の必死さに浮かれてた気分は吹き飛んだ。  お前・・・。  どんな幻覚を見させられているんだ?  詐欺師に。    僕は奇妙に思った。  だって僕はガキに教えているからだ。  かなわない、危ないと思ったら逃げれる時には逃げろと。  なのにガキは逃げようと一度もしなかった。  何故だ。  ガキ、お前は何を見てる?  あの詐欺師に何を見させられている?  「だめだ!!絶対に行かせない!!」  ガキは叫んだ。  その声の悲痛さに僕は思わず足を止めた。  なんだ。  どうした。  お前は何を苦しんでいる?  戦う以上に。  僕の胸が痛んだ。  正直、ガキの手足を切り落とした時には全く痛まなかった胸が今苦しいほど痛む。    ガキが苦しんでいる。  その手足が切り離される痛み等よりも深く。  「行かせない!!」   ガキが吠えた。  腹の底からの、雄叫びだった。  この声は知ってる。  死ぬことを覚悟したヤツらが叫ぶ声だ。  ガキの身体が跳ねた。  信じられないことにスピードが上がっていた。  山刀は僕の顔の2ミリ先にあった。  顔をそらしよけたが、耳を吹き飛ばされた。  ・・・嘘だろう。  手足を切り捨てた分軽くなったとか言うんじゃないだろうな!!  そんなデタラメな!!  僕はちょっと嫌になった。  だが、ガキが心配でならない。  詐欺師は何信じさせて、何を見せてガキを戦わせている?  ガキは何故どうあっても戦わないければならない?  ガキがそこまでして戦うのは誰かを守るためだ。  お人好しにもほどがある。    でもなぜ、ここまで苦しみながら闘っている?  こんな風に苦しんでいるガキは見たことがなかった。  僕は、ガキの攻撃を軽くかわす。  山刀をくぐり抜け、わすかに身をそらし、下がることなくその場でよけていく。  ガキは焦る。  スピードは前より速いのに、何故よけられるのかがわからないのだ。  スピードじゃないんだよ、ガキ。  確かに一つ一つの攻撃は前より速い。  だが連続してない。      沢山の血を失ったお前には無酸素で動くことは出来ない。  今のお前は呼吸をしている。  呼吸さえ読めれば・・・攻撃は手に取るようにわかるんだよ。  予測できるんだよ。     今のお前は、速いだけだ。  だが、その姿でも動けること自体がありえないことだけどな。  だけど、その目の必死さにたじろいでしまう。  お前は何と戦い、何を守っている。  何故そんな目をする。  そんな目をするな。    苦痛をはらんだ目。  単純な怒りや笑い、全てがシンプルで、だからこそ心地よいガキのいつもの目じゃなかった。  嫌だ。  僕はお前がそんな目をするのは嫌だ。  お前は笑ってろ。  たまに僕が僕のやり方で泣かせたとしても、それ以外はバカみたいに笑ってろ。  だから僕はガキのもう一本しかない脚を斬った。  そんな目をして戦うガキを見ていたくなくて。  おわらせたかった。  付け根から斬られた身体は立っている足から滑り落ちていく。  ガキの胴体か床に落ちてから、ガキ足は遅れて倒れた。  また吹き出す血。  もうガキには腕一本しかない。  僕はさっさとそれを切り落とすことに決めた。  だが、僕が近寄る前に、信じられないことにガキの身体は跳ねた。  ガキが一本しかない腕で跳ね上がったのだ。  ガキは腕一本で逆立ちしていた。  下から僕を睨みつける。    まだ闘う気か!!   武器ももう持てないのに!!  ガキは歯をむき出しにした。  やる気だこのガキ。  その腕と歯だけで。  いや、お前の腕力なら、僕でなければ戦えるのかもしれない。  お前なら指だけで首を折れるだろう。  お前なら首を噛み切れるだろう。  僕でなければ。  でももうムリた。  ムリなんだよ。  お前にだって戦う相手の力量はわかるはずだ。  そんなにまでして僕と戦うの?  もう僕にはガキを刻むことにたいする密かな喜びはなかった。  痛ましくて痛ましくてたまらなかった。  ガキがつらくてつらくてたまらなかった。  抱き締めて慰めたかった。  ガキが苦しみながら闘っているから。  つらそうだから。  セックスじゃない、抱き締めてあやして、キスしてやりたかった。  詐欺師が憎かった。  ガキをこんなに苦しめやがって。  「ごめんなさい」  ガキが言った言葉は衝撃だった。  ガキはこれほどまでに戦う意志を示しながら、その口から出した言葉は謝罪の言葉立ったからだ。  お前は・・・何と闘っている。  そこまでして。    詐欺師はお前に何を見せている。  

ともだちにシェアしよう!