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祭が始まるまで 9
ガキのいつも笑みを湛えている、涼しげな目から涙がこぼれた。
僕は自分でも驚く程動揺した。
涙を止めたい。
何故、泣く、何故。
泣くな。
泣くな。
こんな時なのに刀を下ろしてオロオロしてしまった。
抱き締めて優しくキスしたら泣き止んでくれるのか。
抱き締めたい。
涙を止めたい。
「・・・ごめんなさい。でも、でも、あんた達にあの人は渡せない。あんた達を殺したのはあの人だ。気持ちはわかる。でも、ごめんなさい・・・俺はあの人をあんた達に殺させるわけにはいかない。なにがあっても・・・」
ガキが泣きながら言った言葉に僕は衝撃を受けた。
ガキが見ている悪夢がわかった。
お前は僕が殺したヤツらから僕を守っているのか。
「・・・ごめんなさい。ごめんなさい・・・でも、ダメだ・・・あの人は殺させない」
ガキは泣きじゃくった。
ガキが殺すことに耐えられないのは知っている。
だから僕は正義の味方になった。
ガキが辛うじて受け入れられるように。
ガキが守りたい人々を守るという理由を。
僕はガキが守りたい世界を守る。
殺すのは悪者だけ。
そう決めた。
だがもちろん僕は悪者以外も殺してきた。
ガキに出会う前は。
ほんの楽しみや些細な苛立ちのためにでも。
楽しんで刻んで、楽しんで犯した。
僕はそれほどそれは気にはしてない。
だって僕は人間じゃないからだ。
僕は人間が楽しむためのモノとして生まれた。
セックスして楽しむための人形として。
身体中の穴という穴に突っ込まれ、人を楽しませるためになんでもし、容姿が衰えたら破棄される、そんなモノとして。
それが嫌で、そんな風使われる前に沢山殺して逃げようとしたのはなんとなく覚えている。
この辺の記憶はぼやけている。
だだ、自分が人間ではなく、人間が僕で楽しむモノとしたことだけは覚えている。
結果、僕は愛玩用の人形ではなく、殺しのための道具として飼われることになったけれど。
記憶はあまりにもぼやけて、思い出したくない。
でも決してわすれられないことはある。
僕には誰かがいた。
思い出せない誰かが。
僕の宝物。
僕はソイツと逃げるつもりだった。
だけど僕は間に合わなかった。
間に合わなかったのだ。
僕の宝物は殺された。
いや、殺されたんじゃない。
廃棄された。
傷がついて売り物にならなくなったから。
金になる内臓という内臓、角膜までぬきだされ、売られ、破棄された。
僕の宝物は。
僕の大切な大切な彼は。
人間ではないものとして処理されていた。
金になるものをぬきだされた後の、要らないモノとされた身体をその手に抱き締めた瞬間、僕は人間でなくて良かったと思った。
そして思った。
人間が僕達で楽しんだり、好きなように処理したりするのなら僕がそうしてもいいだろうと。
それは憎しみなどではない、理解だった。
そうするのなら、そうされるべきだ。
何故なら僕を作り出したのは人間だ。
なら人間が責任をとるべきだろう。
僕は抱きしめていた冷たくなったその身体に何をしたのか覚えていないが、多分、したんだろう。
僕が死んだばかりの身体を愛しいと思うのはきっとそのせいだ。
顔も名前も覚えていない。
愛しさだけしか残っていない。
こんな時でもないと思い出せない。
遠く遠く押し込めた記憶。
だから僕は人を殺したってなんとも思わないのに。
僕は気にしないのに。
でもガキが気にするのは分かっていた。
ガキか僕が過去に殺した人間達に目を瞑っていることも。
それは仕方ないと思ってたし、ガキが僕のそばにいるなら構わなかった。
でもガキがここまで苦しんでいたとは思わなかった。
ガキと逢う前の話だし、ガキには関係ないことじゃないか。
気にすることもない。
むしろ、ガキのおかげで殺されずにすんだ連中達に感謝をガキは求めるべきだ。
なのにガキは泣く。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
僕が殺した連中に向かって。
くだらない。
お前は関係ないし、殺しに来たのなら僕は何度でも喜んで殺してやる。
楽しみながら。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・でも、あんた達を行かせられない!!あの人は俺が守るんだ!!」
ガキは叫んだ。
そして、腕一本で跳ね上がった。
剥いた歯が僕の喉を狙っていた。
僕はガキの歯が喉に食い込むのに奇妙な喜びさえ感じていた。
歯が肉を食い破り、血が吹き出す。
ガキの顔が血に染まる
ガキは悪鬼のような顔だった。
いや悪鬼だぅた。
僕はガキの僕の喉を食い破るガキの頭を力の限り抱きしめた。
ガキは今、僕のために。
僕のためだけに悪鬼になり果てていた。
人を傷つけることを厭う、ガキが、僕が殺した連中のために苦しむガキが、僕を守るためだけに、ガキの言うところの被害者達を襲う悪鬼になり果てていたのだ。
笑った。
僕は笑った。
僕は。
僕は。
笑い声が止まらない。
僕を僕を。
守ろうというのか。
お前は。
この僕を守る?
守る?
そんな悪鬼になってまで?
この世に生み出されてから僕を守ろうとしたものなど一度もいなかったんだぞ。
ああ、そうか。
ああ、そうか。
嬉しいんだ。
僕は。
泣きながら僕の喉を噛み切ろうとするガキの頭を抱きしめながら笑いながら僕は思った。
人間達は知っていた。
僕を人工受精で産み落とし、謝礼をもらった女も知っていた。
僕達が作られた理由も、どう生きてどう死ぬのも。
組織以外にも知っているヤツは沢山いて、だからこそ彼らは僕達で楽しむのだ。
人間相手には出来ない酷いことも僕達には出来るからだ。
むしろ人間達は僕達を欲したのだ。
人間じゃないからどんなに酷いことをしても人間達の罪の意識はなかいから。
生きてる人形。
そういう生き物にそういうことしているだけ。
コイツらはそういう風に作られてるからそうしてもいい。
罪の意識を持たずに好きにやれるセックスのために僕らは存在していた。
確かに僕らは淫らな身体をもち、僕はセックスが大好きだ。
そう作られた。
だが、そこに僕らの意志などは考えられていなかった。
人間達は僕らの意志など認めていなかった。
誰一人助けになどこなかった。
多くのいわゆる「普通」の人々も警察も僕達の存在は知っていたのに。
来ないことを知ってたから僕は沢山殺して逃げようとしたのだ。
でもお前なら。
もし今のお前があの時あそこにいたなら。
でもお前が僕達のことを知ったならお前は何考えずに助けに来てくれただろうな、僕のことをよく知りもしないのに。
そして多分殺される。
いや、自分は死んでも僕と彼を助け出してくれただろう。
お前は、お前こそが正義の味方だから。
でも今、お前はその正義さえ捨てて、被害者達に牙をむく。
僕を守るためだけに。
人間ではない化け物を助けるために。
お前は。
お前と云うやつは。
僕はガキの髪を撫でた。
喉を食い破られる痛みなどこの歓喜にくらべればたいしたことはない。
喉を噛まれているから声が出ない。
でも耳はそこにあるから囁ける。
僕は微笑みながら吐息のような声でささやいた。
「 」
ガキの名前。
ピクンとガキの身体が震えた。
「 」
僕はガキの名前を呼ぶ。
なんて可愛いんだ。
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