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祭 5
会場の明かりが消える。
開いていた会場へのドアが閉められる。
・・・ここにいる人達や雇われたスタッフ達もしらないが、この会場のドアは全てロックされる。
スタッフの服をきたスーツの部下達によって。
誰一人逃がさないためだ。
集められた人々は被害者ではあるが、同時に加害者になりえる人々だからた。
何故控え室にいる詐欺師や情報屋を捕まえないのかも同じ理由だ。
騒ぎを起こして、会場から逃げる人間達を一人でも逃がさないためだ。
「上」は全員を確実に確保する、もしくは危険になりえる全員が死ぬことを望んでいるのだ。
俺達が来なければ、会場ごと爆破してテロリストにその罪は押し付けるつもりだったらしい。
あの人でもそこまで酷いことは考えない。
むしろ、あの人が止めたのだ。
捕食者に関する作戦の全権はあの人が握っているから。
ここに来ている全員が本当は全員殺される予定だったことを、誰も知らない。
閉じられた密閉空間が出来上がった。
俺は待つ。
ステージの上には演台とマイク、そして「世界を変える前にあなたが変わろう」という今日のセミナーの目的が天井から吊され、掲げられている。
「世界なんて糞だ。変わるわきゃねぇ」
そう呟きながらホテルの部屋のダイニングでキーボードを叩いていた情報屋をおもいだす。
詐欺師は情報屋の仕事を邪魔するべく膝の上に頭をのせて太股を甘く噛んでいて、「邪魔だ」と情報屋に怒鳴れていたっけ。
軽やかな音楽が鳴った。
「只今からセミナーを開催します」
聞き慣れた声がした。
ちょっとかすれた通りの良い声だ。
ライトが舞台に落ち、白い輪を作る。
そこに立っていたのはきちんとしたスーツに身を包んで、じつにソツのない笑顔を浮かべた情報屋だった。
「司会を務めさせていただきます と申します。今日お越しいただいた皆様と同様、私も悩みを抱えた一人でした。しかし、 先生と出会って変わりました。悩みがなくなったわけではありません。・・・私がかわったのです。悩みに自分かつぶされなくなったのです。世界を見る目を変えた時、世界は変わりました。皆様にも同じ体験をしていたたきたいと願っています」
情報屋は滑らかに話した。
本職の司会業、顔負けのはなしっぷりだ。
・・・あんた何でもするな。
感心するよ。
俺は心から思った。
「このセミナーが終わる頃には皆様の世界を見る目も変わっているはずです。それでは 先生です、どうぞ」
にこやかに情報屋は手を伸ばす。
伸ばした手の先にライトが光の輪を落とす。
そしてそこには詐欺師がたっていた。
とても美しい男が。
今回詐欺師は自分を違う姿に見せてはいなかった。
詐欺師は美しいシルエットを描くスーツを着ていた。
艶のある綺麗な色合いのネクタイも、整えられた髪も、詐欺師の美しさを引き立てるだけのものでしかなかった。
俺がホテルに監禁されている時、詐欺師はほとんどバスローブで、だらしなくひたすら情報屋に甘えている姿しか見たことがなかった。
それでも情報屋は、驚くほど綺麗な男だった。
平然と時に裸で歩き回り、俺の股間を疼かせてきた。
俺はあの人だけが好きだけど、仕方ない。
勃ってしまったんだ。
仕方ないんだ。
生理現象だ。
あの人にバレたら千切られてしまいそうだけど。
てか容赦なく千切る。
間違いなく。
めちゃくちゃ嫉妬深いんだから。
だけど今光の輪の中にいて会場に向かって微笑む男は・・・完璧だった。
この会場全員の視線を当たり前のようにうけ、感嘆の声堂々と受ける。
目が離せない。
見ていたくて。
声を待ち受ける。
聞きたくて。
笑って欲しい。
自分に向かって。
カリスマ。
俺はこの言葉の意味を知る。
この世界にはそこにいるだけで人を魅了する人間が存在するのだ。
この男は歌えたならばロックスターになっただろう。
この男が演じたなら映画は世界中でもてはやされただろう。
この男は人々を扇動し破滅へ向かうファシストにもなれたし、
望むなら人々を率いて平和な社会を作る善き独裁者にもなれたのだ。
会場は皆、男に恋をしていた。
そう、俺でさえ。
男の微笑みの深さや、指のうごきにまで意識が向かう。
まだ一言も話してはいないのに。
男はライトに照らされながら演台の前に立った。
会場の全ての視線をうけて男はとても魅力的に笑った。
清らかな笑顔はそれを見ただけで、胸を暖かにした。
微笑みだけで心がふるえる
でもこの男は。
ロックスターでも
映画スターでも
カリスマ独裁者でもなかった。
この男は殺人鬼なのだ。
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