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祭 8

 俺は跳躍した。椅子の背もたれを飛び石代わりに舞台へと向かう。  跳んでくる俺に驚いた顔をしたのは舞台の袖にいた情報屋だった。  ・・・あんた酷い顔してるな。  俺達は寝なくても死なないが、寝ないと上手く脳のリセットが出来ない。  調子は悪くなる。  酷い顔だ。    寝ないで働いた上に、詐欺師に散々されてたんだろうな。  なんかこきつかわれた上に、身体まで蹂躙されてんのは一緒だから・・・分かってしまう。  まあ、俺の場合はこきつかわれんのはこういう肉体労働だけだけど。  心配するな。  誰も死なせないから!!  俺は一瞬情報屋に向かって微笑んだ。   そこからさらに跳んだ。  詐欺師に向かって。  俺は演台に降り立った。  演台の前に立つ詐欺師を見下ろすことになる。  詐欺師はやはり・・・美しい男だった。  詐欺師は挑戦的に俺を見上げた。  俺を恐れてはいなかった。  当然だ。  俺はこの男にもう支配はされない。  でも、この男を殺すことはできない。  それが出来るのはあの人だけだ。  「・・・まだあんたとはやらない」  俺はそうとだけ言った。  俺は演台からさらに跳んだ。  「世界を変える前にあなたが変わろう」  そう講演のテーマが書かれ、舞台の上に吊されたボードへ飛びつく。  正しくはそれを吊すために天井から吊された梁にだ。  バトンと言うらしい。  催し物タイトルや簡易幕などを吊す。  4本のワイヤーで天井から吊されたそれは、俺の体重を余裕で支えた。  よじ登り、さらにその上に立つ。  俺はさらにそこから下を見下ろした。  ここでいい。  俺は身体にくくりつけていた瓶を取り出した。  まず中身を下の詐欺師に向かってぶちまける。    詐欺師はまともに液体を浴びる。    そして顔色を変える。  分かったよな。   これが何か。    こういうの俺は好きじゃないけど。  お前とは「直接」はやり合わない。  お前を殺すのはあの人だ。  でも今は。    揮発性の芳香がする。  可燃性の液体だと教えてくれる。  俺は身体に吊してたのこりの瓶も舞台に投げ捨てた。    瓶が割れ、液体は舞台に広がる。   詐欺師は急いで舞台袖に逃げようとした。    だけど俺がおとした火のついたオイルライターは床にたどり着く前に空気中に拡散した気体に着火した。  ボン  それは爆発音だった。    詐欺師は火に包まれ、舞台の上はあっというまに数メートルはある火柱かあがった。    俺の立つバトンちかくまで瞬間的に炎があがる。  詐欺師は悲鳴を上げていた。  美しい顔が燃える、髪が燃える、    肉が焼ける臭いがした。  詐欺師が焼けているのだ。  もちろんこんなモノでは死なない。  血相を変えて上着を脱いで走ってくる情報屋がみえた。  火柱を恐れもしない。  わかるよ。  それでもあんたは・・・その男を護るんだろ。   上着でくるみ炎を消すため床に詐欺師を転がす。  でもそんなモノでは炎は消えない。  消火器を探しに情報屋は舞台袖に走る。    そして、俺が待っていたモノが始まった。  天井から水が叩きつけられる。  スプリンクラーが作動したのだ。  スプリンクラーは予想とは違って、舞台の上だけに作動したが、炎、悲鳴、そして煙と肉の焦げる臭い、飛び散る水は自分の肉を斬ることに夢中になっていた会場の人々を正気に返した。  彼らを操っていた詐欺師は燃やされて、彼らを操るどころではないのだし。  人々は悲鳴をあげた。  そして、血まみれの身体を引きずり、我先にとドアへとおしよせた。  ただ、ドアはロックされている。  誰もここからは出られない。  俺は身体にくくりつけていたモノを取り出す。  手榴弾に似ているが違う。  捕食者に対する対策はつねに立てられている。  捕食者を殺すことは不可能だが、それでも対策は考えられている。  研究所の新しい武器だ。  ピンを抜き、ドアの前でパニックになっている人々に向かって投げる。    俺の肩ならこの程度の距離は余裕で届く。  投げ込まれたそれは白色の煙をあげる。    さらに二個投げる。  白色の煙。  俺は慌ててガスマスクをつける。    何故ならこれは神経ガスだ。  捕食者にもきく  もちろん人間相手にも効く。  死なないが、激しい嘔吐と痙攣を起こし・・・数時間は意識不明になる。  パニックはおさまっていた。  ガスにやられて。  しかし、血まみれの人々は嘔吐し、のたうち回って苦しんでいた。  嘔吐物にまみれ、空気を求めて手が宙を掻く人々。  呻き声が呪詛のように凄まじい臭いとともに立ち込める。  地獄絵図だった。  ・・・俺はこの人々を助けるために来たんだよね?  どんどん自信がなくなってくる。  「本当に死なないんだよね?」  俺は無線であの人に心配になって尋ねる。  「副作用で後遺症が出るヤツはいるかもしれないが、死なない死なない。・・・多分多分」  あの人が適当そうに言った。  多分って。  後遺症って。  なんでそういうとこだけいい加減なんだよ!!  あんたは!!  でももう使ってしまったのだ仕方ない。  舞台の上はスプリンクラーと情報屋が必死でぶちまけた消火器で鎮火はしていた。  むしろ会場の人々には情報屋が命の恩人かもしれない。  どれだけ火が燃え上がるか、消せるのかはやってみなけらぼわからなかったからだ。  「ガスは全員に効いた。確保してくれ」  俺は報告する。  会場の人々は治療をうけ、ネットのない環境で拘留される。  詐欺師が死亡するまで彼らに自由はない。    各人にガスを吸わせ彼らを動けなくすることが、彼らを助ける条件だった。  とは言え。  自分がやってることが正義とは思いにくい。  俺はため息をついた。      

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