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祭 9
俺は舞台の上にふわりと降り立った。
派手に焼けた詐欺師はまだ回復していない。
確保する。
首を斬り落としておくか。
俺の手には華奢なナイフがある。
配られたナイフだ。
スピードとやり方次第ではこれでも充分つかえるはずなんだが。
あの人位の達人になれば、新聞紙でスイカを割るからね。
でも、俺はそれを放り投げる。
残念ながら俺は達人じゃない。
俺は上着の下に隠して背負っていた山刀を取り出す。
充分な長さと重さを持つ。
首をはねるならこれがいい。
お前を殺すのはあの人だが、あの人が来るまでもう少し動けなくしておいてもいい。
参加者の・・・身体検査をするべきだったよね。
情報屋。
焼けてまだ煙をあげてる詐欺師の前に、煤で汚れた情報屋がたちふさがる。
「・・・スーツが待ってる。あの子も。あんたは帰れるんだ」
俺は情報屋に向かって言う。
情報屋は詐欺師が虐殺するのをのぞんでない。
色々出来る範囲で妨害してきた。
協力するように意志を縛られながらも。
でも、情報屋は俺達に詐欺師が捕まることも望んでいない。
あの人に捕まれば詐欺師は殺されるからだ。
虐殺を止める。
詐欺師が殺されるのを止める。
情報屋の二つの望みは両立しないと俺は思う。
「・・・あんたは帰れる。帰れる世界があるんだよ」
俺は情報屋に囁く。
あんたの愛する男はあんたを待っている。
あんたを愛する女はあんたを信じてる。
スーツはあんたを離す気なんてさらさらないぞ。
あの子を離す気もないけど、それもどうなんだろうと悩むし、あんた達の関係はこれからさらにややこしくなるけど、あんたは愛されてる。
あの人といるために全部捨てなけゃいけなかった俺とは違うだろ?
両親、友達。
ゲイであることをかくしていた辛さはあったけれど、それでも俺は俺の世界と俺の周りの世界を愛していた。
俺は戻れない。
でも、だからこそ俺は俺がいた世界を守りたい。
戻れないからこそ。
「帰ろう」
俺は言った。
詐欺師は諦めろ。
この男は・・・誰にも救えない。
むしろあの人がこの哀れな男を救うのかもしれないのだから
「帰ってスーツをヤっちゃえばいいんだよ。知ってる?スーツあの子を泣かせてるんだよ。帰ってきてスーツを泣かせてやってよ。俺、見てられない・・・」
俺は本音で言った。
どうしても俺には、あの幼くしか見えないあの子にスーツがしてることは考えるだけでも許否が入ってしまう。
あの子はスーツを愛しているが、スーツがすることは嫌がっていることを知っていればなお。
情報屋にとことんヤられて、あの子に手を出す気が起きなくなればいいと俺は思っている。
「あのバカ。何してんだ」
情報屋が呟いた。
呆れたような響きがあった。
でも心配気な響きもあった。
良かった。
まだ情報屋には無関心ではないのだ。
スーツやあの子は。
帰ってきて。
あんたがいるべき場所に。
あんた達は歪みながらもバランスをとってきた。
あんたがいなくなったら何がが壊れてしまう。
「あんたが帰って来ないとスーツ、あの子に酷いことしちゃう」
俺は本気で言った。
そんなスーツは見たくなかった。
俺はスーツが好きだった。
汚れ仕事だと言いながら、命令に従うだけだと言いながら、スーツは優しかった。
スーツは俺に約束してくれている。
俺がもし耐えられなくなったら。
俺があの人のする事に耐えられなくなったなら・・・。
俺を殺してくれる、と。
あの人を愛している。
あの人の罪は俺の罪だ。
あの人と行く。
そう決めている。
でも、スーツが作ってくれた逃げ道があることが、俺を支える。
それを選ぶことはない。
でも逃げ道があったことこそが、それを自分で選んだという事実を俺に与えてくれ、それは俺の救いになっているのだ。
スーツは優しい男だ。
自分で思っているよりも。
だから、部下も俺もスーツを慕う。
「帰ってきて。あの子が壊れちゃう。スーツが壊れちゃう」
俺は心の底から言った。
スーツがあの子を壊す前に、スーツが壊れない前に、情報屋に帰ってきて欲しかった。
「言ってたじゃないか。スーツの処女はもらってやるって」
情報屋の目が揺れた。
いつも明るいどんな時でも冗談を飛ばす男の目の奥に、飢えたような光が見えた。
俺には確信がある。
あんたはスーツを愛している。
ずっとずっと愛してきた。
逃げられないだろ?
思うようでなくても、愛してはくれているのだから。
それはまるで身体の一部のようになっているんだろ。
俺が捨てた世界をまだ愛しているように。
お父さん。
お母さん。
友人達。
俺の夢。
毎日の生活の中に愛はあった。
目を閉じれば思い出せ触れられるほどに。
俺はもう帰れない。
あの人の為に捨てた。
でも、今あの人達にまで捕食者の被害を止めることであの人を守りたいと思っているのも帰れない理由ではある。
それは今の俺だからこそ出来ることだからだ。
でも、あんたは帰れる。
あんたが帰れば、あの子もスーツも壊れていくことを止められる。
その男は駄目だ。
その男はあんたがいようといなかろうが、ただ破壊と破滅に進むだけだ。
あんたはコイツを止められなかったんだから。
あんたは失敗した。
だから帰ろう。
もういい
俺は情報屋に微笑んだ。
「あんたは止めようとしたよ。頑張った。でももういいよ。俺達が終わらす」
俺は情報屋を引き寄せようとした。
腕を掴んで。
赤いモノが飛んだ。
俺は一瞬何が起こったのかわからなかった。
俺の腕から吹き出した血だと気付くのに時間がかかった。
俺の腕はパクリと斬られていた。
傷口はおもいのほか深く、血は思い切り吹き出していた。
それが情報屋の手に握られたナイフだと気付くのに時間がかかった。
斬られるとは全く思っていなかったから、斬られている最中にも信じられるなかったから、俺はマトモに斬られてしまっていた。
俺が投げ捨てたナイフで情報屋が俺を斬りつけたのだ。
俺は混乱した。
情報屋が俺を?
詐欺師はまだ回復してない。
意志をまだ縛られてはいないはずだ。
それとも、前以上に意志を縛ったのか?
そんなことをすればどんどん自我が削られ情報屋が情報屋である部分がなくなってしまう。
そんなことを詐欺師がするとは思えないのに。
「コイツは渡さない!!」
情報屋は叫んだ。
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