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祭 14

 男が子供を拾ったのは気まぐれだった。  子供が道端で死んでいても誰も気にも止めない街を仕事で訪れた。  また死体かと思った。  汚い子供の手が男の足首を掴んだ時、気まぐれが作動した。  拾って洗って、どこかに預けてやろう。  そう思った。    子供も含む街の住人を閉じ込め燃やしたからかもしれない。  ああいう仕事は、あまりいいものではない。  それを正義の名の元で頼んでくる連中には正直胸焼けがしていた頃だった。    宿に連れてかえった。  洗ってみた。  シラミだらけだったから、髪は全部そった。      猫用のノミトリシャンプーで洗った。    痩せて皮膚病だらけの醜い子供だった。  スープをスプーンで運んだらスプーンまでかじった。  目は目やにで塞がっていたから、猫にするみたいにホウ酸水で洗浄してやった。    これではあまりにも醜い。  貰い手がない。  何度かこんな野良猫を世話したことがあった。     その時ももう少し貰い手がつくまでは世話をすることにしたのだった。  虫が湧いていて下痢もしていた。    猫と一緒だ。    さすがに人間用の薬を買って、人間の医者を呼んだ。  こんな街だからマトモな医者も少なかったが、来てくれた。    医者は数日で死ぬだろうと言った。  弱ってる、と。  可哀相に思った。    やはり拾った猫の何匹かは死んだ。    目も開かぬまま死んだ子猫達に姿が重なった。      死ぬなら母猫に抱かれた気分で死なせてやろうと、寝る時は胸に抱いて寝てやった。  胸に抱いたら小さな身体の塞がった目から涙が流れていた。  異国の言葉で腫れ上がった唇が何かつぶやいた。  3、4才にしか見えないけれど、実際はもっと上なのかもしれない。  死に行く子猫を撫でた時のようにそっと子供を抱きしめた。   男は猫科の生き物にはとても優しいのだ。  それに人間にだって優しい。  仕事はきちんとこなすだけだ。  小さな手が男の手を握った。  それを握りかえしてやった。  悪くない気分だった。  結局二月もそこに滞在することになってしまった。    子供は予想外になかなか死ななかった。    男は始めたことには責任を持つタイプだったのでため息をつきながらも子供の世話をした。  すると、死ぬどころか、「もう死なない」と医者に断言されるまでに回復してしまったのだ。  開いた目が猫のようにグリーンの目であることもその時には分かっていた。  子供の使う言葉は全くわからなかったが、見た目よりも年は上なのはわかった。   5才だと言っている、と医者は言った。    さてどうするか。  男は回復した子供を抱えて考えこんだ。  子供はすっかり可愛い姿になっていた。     剃られた髪は伸び始め、柔らかく頭を覆っていた。  皮膚病が癒えつつある肌はもう少しすれば滑らかな美しさで全身を覆うだろう。     長い睫毛、膨れていた唇は浮腫がとれたなら、とても愛らしかった。    可愛い。      可愛かった。      しかも男に懐いて、子供は男から離れようとしない。   抱けば胸にすがりついた。  子猫のように。  身体をすりよせる様子も子猫のようだった。  可愛い。    可愛い。    男は可愛いものが大好きなのだ。  しかもコレは猫に似ている。  そう思ったら欲しくなった。  男は可愛い猫程好きなものはないのだ。     以前このパターンで失敗したような気がしたが、まあ、いいやと思った。  持って帰ることに決めた。  ちゃんと覚悟はしていた。    拾ったならば最後まできちんと飼う。  ペットを飼う人間としての当然の掟だった。  そこからペットとして飼った。  家に連れ帰る際にはたくさん書類を偽造しなければならなかった。  だけどすっかり懐いた子供は可愛いかったし、先住のペットのブタ猫ともそれなりに上手くやれるようだった。  ブタ猫もあまりにも可愛すぎて、手放せなくなった拾ってきた猫だった。  だが、可愛がりたいまま可愛がってしまったら、見事に太ってしまった。  でも、それなりに可愛いから大切にしている。  可愛かった頃と同じように尽くしている。  長く飼えば愛情は見た目だけではなくなるのだ。  甘やかして世話することしかできない自分に、人間の子供というペットは飼えないのではないかと一瞬不安に思ったが、まあいいや、と楽天的に考えた。  後々、やはり問題があったと思い知ることになるのだけど。  引退してから落ち着くために買った家は山奥にあり、人がめったに訪れることはなかったけれど、住み込みの家政婦は口が固く、破格の賃金を払っている間は余計なことを外に漏らす心配はなかった。  急に増えた子供に家政婦は驚いた顔さえ見せずに男が仕事でいない時は世話をしてくれた。    子供は次第に男の使う言葉を覚えていった。  危険な仕事なので自分が死んでしまった後、子供が一人で 生きていけるように家庭教師を呼んで教育させたり、厳しい現実を生き残るサバイバルとして、格闘技や銃の撃ち方を教えもしたが、基本的にはひたすら甘やかし続けた。  髪を撫で、優しいキスを落とし、ひたすら可愛がった。    あくまでもペットとして。  猫と同じ扱いだった。  ひたすら誉めあげ、甘やかし、何でもしてやる。    危険なモノを扱う訓練の時だけは厳しかったが、最低限の躾以外はしなかった。  あっという間に我が儘この上ない、生意気な子供が出来上がり、それがさらに可愛いと男は喜んだ。  意外にも、子供は訓練に適性をみせた。  だけど子供の役目は我が儘に男を振り回すこと。  男は喜んで仕事のない時は子供の我が儘に付き合った。  親子と言うには男は少し若すぎた。  まだ20才を超えたかこえなかったか位だったから。    でも年端もいかぬ頃からこの世界で生きてきた男には子供の無邪気な我が儘は可愛いものでしかなかった。   男は依頼主の残酷な我が儘に飽き飽きしていたから、子供の我が儘につきあうのは楽しかったのだ。  

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