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祭 22

 男は翌日、住み慣れた家を離れることになった。  男は自分の住処を誰にも教えていなかったし、家に連れてきたセフレ達でさえ、車に乗っている時はアイマスクをさせるか軽く気分の上がる薬を飲ませ、どこを通って家に行くのかを悟らせなかった。  それでも警察が容疑者として自分を追っているのは間違いなかった。  自分は無罪だが、少年を捕まえさせるわけにもいかなかったからだ。  長く世話になった年老いた家政婦に、謝礼と口止めを兼ねて沢山の金を残した。    いつも無表情で何がこの家であろうと見ないふりが出来た家政婦は、それでも少年の手を握った時、礼儀より長く握っていたかもしれない。  彼女が少年を育てていたのだから。  少年も少し寂しげに笑ったかもしれない。    少年は猫が入ったケースを持って男と共に家を出た。  猫は怒っていた。  このような場所に閉じ込められたことなどなかったからだ。    少年は異国の言葉で猫に話しかけた。    遠い昔そうしていたように。  少年には人間より猫の方が近しい存在だった。   同じペットだったのだから。  男はどこに行ってもよかった。  恋人と猫がいれば十分だったからだ。  そこからまた沢山書類を偽造して、違う場所に移り住んだ。  やはり人気のない山奥で。  昼は猫と恋人と過ごし、夜は恋人を抱く。  ベッドを追われることが増えた猫だけは気の毒だったかもしれない。     仕事は減らしたが、それでも年に数ヶ月は外国で沢山人を殺していた。  もう少し。  もう少ししたら辞めよう。  そう思っていた。  区切りをつけるつもりだったのだ。  恋人しか抱かなかった。  帰っている間は。    外国ではまあ、それなりに遊んだ。  恋人にそんな素振りは見せなかったけれど。  可愛い恋人はそこまで考えが回らなかった。    でもたまにバレて泣かれた。  抱いて抱き潰してごまかした。  それくらいだ。  恋人の行ける範囲の場所で誰かを抱けば、ソイツは恋人に殺されるのだ。    そこまで危険な浮気はしたくなかった。  可哀想過ぎる。  何より恋人は愛しかった。  ペットだった時よりもなお。    そんな頃、仕事でかなりトラブルを抱えてしまった。  とても高額な報酬な仕事だったが、かなり色んな方面に恨みを買った。  この世界は男と違って仕事なのだと割り切れない奴らばかりだ。    だが恨むだろう。  男も納得はできた。  男も驚くほど高い報酬に、これでこの仕事は最後にしようと思って引き受けたのを後悔する位、えげつない仕事だった。  だが仕事だからきちんとやり遂げた。  あまりにきちんとやりすぎたのかもしれない。  金を支払った依頼者を恨めばいいのに、頼まれた仕事をしたに過ぎない男を恨む者達が現れた。  仕方ない。  実際手を下したのは男と男が指揮する部隊なのだし。  その国を脱出するまで、幾度となく散々殺し、潰した奴らの残党に襲われた。  呪いのように何度となく叫ばれた。    「お前にもこの苦しみを!!」  復讐の叫び。  はいはい、そう男は思った。  そういう連中を片付けながら。  恨まれるのも仕事のうち、と。  でも、仕事は絶対に引退だ、そう思った。  そう思う程度には仕事を引き受けたことに後悔していた。  猫と恋人のいる毎日を思わなければ耐えられない仕事ではあった。  そして、男は無事その国を脱出した。  これで全てがおわり。     バイバイ。  男はそう思っていた。  恋人が待つ国に戻ってきた時には。  男は車を飛ばしていた。  部下からの電話だった。  男はあまりにも仕事を手際良くしてしまったため、男が殺した人々の残党から主要人物とされてしまっていたのだ。  彼らは復讐に燃えていた。  でも、男を含む主要人物達を殺すことはなかなか出来なかった。  だから。  だから。  彼らはターゲットをかえた。  それは男が仕事としてしたことと同じだった。  主要人物達の家族をターゲットにした。  苦痛を与えるという意味では本人を殺すよりもいい。    男は恋人の存在を隠してきた。  それに隠れ住む家の場所も。    どんな書類にも男が恋人と住む家は存在していない。  書類上は存在しない家なのだ    山に隠れ住む恋人の存在を知るものは僅かしかいない。  週に一度の買い出しに街に降りる時も、恋人は自分がどこから来たのか誰にも明かしていないはずだ。  だけど。  だけど。  残酷に家族まで虐殺された人々は、執念で男の恋人にまでたどり着いたのだ。  部下が知らせてくれた、復讐者達が向かった先は間違いなく・・・恋人が住む山だった。  男は車を飛ばす。  間に合ってくれ。  間に合ってくれ。  家にたどり着いた男がまず見たのは、庭で首を斬られて死んでいるふたりの男だった。  恋人ではなかった。    おそらく、恋人が殺したのだ。  男はホッとする。  恋人は音を立てずに忍び寄り首を斬ることができる。    庭に残る足跡を確認する。  10人ほどで押しかけてきたらしい。  恋人は二人殺し、山に逃げたか。  恋人にとって山は庭だ。  知り尽くしている。  逃げ切るか、逆に全員返り討ちにしているかもしれない。  希望が生まれた。  祈るような思いで男は山に向かう。    

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