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祭 25

 傭兵は驚いたように固まっていた。    鉄の箱、ロッカーと言うよりは細長く大きな金庫のようなソレから目を離さない。  驚いたか?  なぜこれがここにあるのかって話だよな。  どんな嘘っぱちを聞かさせられた?  どんな理屈をこねられた?  どれも信じちゃいなかったんだろ?  信じたかっただけで。  お前が見つけたのか、それとも詐欺師がお前を見つけたのか、そんなことはどうでもいい。  戦う力のない詐欺師にはお前が必要だった。  正しくはお前のような暴力の使い手が。  そしてお前はお前の妄想を現実にしてくれる人間をさがしていた。  狂ったように。  生き返らせられなかった奴らを殺してまわっていたことも僕はちゃんと知っている。  「・・・全部嘘なんだよ」  僕は囁いた。  僕は犬に目線で合図をおくる。  犬は手にしたスイッチを押した。  ゆっくりと鉄の箱の扉が開いていった。    開いたそこにはソレかあった。  そして、犬がムせた。  箱の中から出てきた臭いだ。  無理もない。  犬はこういうモノをみたことがなかったわけではないだろうが、僕や傭兵ほどなれちゃいない。  僕は動くようになった身体でソレに近づき、まだ信じられないように目を見張っている傭兵によくわかるようにソレを箱から引きずり出した。  それはかなり脆くはなっていたがかろじてこわれず箱から出すことはできた。    僕は地面に放り投げ、それを踏みつけた。  まだ身体の中にそれなりに破片は残ってはいるが、身体は回復してきた。  こっならはやり返す時間だ。  傭兵がほえた。  僕がソレを踏んだから。    手斧を振り上げ突っ込んで来る前に僕は言った。  「踏み潰すよ?いいの?」  すっかり楽しくなってきていた。  傭兵は立ち止まる。    「お前の恋人が生き返ったのなら・・・これは何なんだろうな」  僕は笑った。  僕が踏みつけるいたのは、腐敗臭を漂わせる変色した死体だった。  そう、傭兵の愛しい恋人の死体だった。  効果は抜群だった。  傭兵の歪んだ顔はとても楽しい見物だった。  こういうの好き。  僕は思った。  「ダメじゃないか。エンバーミングはきちんとしなきゃ」  僕は傭兵に向かって笑った。  死体は腐乱してはいた。  緑に変色した肌、明らかな腐敗臭。  半乾きのミイラのようだった。  でも、死後数年にとは思えない良好な状態ではあった。  腹を膨らませるガスも発生していないし、汁や虫が溢れてくることもない。  なんらかのエンバーミング、防腐処理がされているのは間違いない。  でなければ、とっくに虫に喰われて白骨化しているはずだからだ。  この狂った男は特性の密閉した棺桶に死んだ恋人を詰め込んで、あちこちの国をまわっていたのだ。  生き返らせるために。  内臓を抜き、きちんと処理をすれば遺体は何十年も保存可能な状態にはなるが、この男は内臓を抜くわけにはいかなかったのだ。  蘇らせるから。  そしてそのかわり定期的に行っていたメンテナンスを中断していた結果がこの遺体の酷いありさまだ。  ちゃんとペットは世話をしないとダメだよ?    こうなっちゃうから。  と言う子供達への教訓に、この遺体は丁度いいかもしれない。  コイツは死体をペットにしていたのだから。  「・・・コレ、どこにあったと思う?おそらくはじめてお前が詐欺師と恋人を生き返らせるために出会った家の地下室だよ」  僕は笑った。    詐欺師は無頓着に捨て置いていた。  人気のない場所にあった家で住人も発見された時は酷い有り様だったらしい。  密閉した棺桶に入っていなければ、この死体も溢れる虫達に喰われていたはずだ。  メンテナンスを行われなくなった死体はここまで酷い状態になりはてた。  そこで、詐欺師は生き返らせた恋人を傭兵に合わせてやったのだ。  その相手は多分、詐欺師が洗脳していた誰かだろう。  傭兵は生き返った恋人を抱き、生き返ったと信じきったのだ。   抱いただろう間違いなく。  そして、自分の脳の中の恋人と、抱いている存在が一致したから・・・信じたのだ。  いや、おそらく、恋人を生き返らせて欲しいという望みを持っていた時点で、この男は詐欺師のモノだったのだ。  そして大事な死体を置き去りにして、詐欺師に従っていったのだ。  「お願いだ。返してくれ!!」  傭兵は膝をつき僕に願う。    僕は笑った。  これほど楽しいことがあるか。  自分の敵が跪くんだぞ。  今なら僕の靴でも舐めるだろう。  コレは楽しい。  傭兵は恋人を見つめる。  醜く変色し、腐臭を漂わせ、しなびた恋人。  傭兵が着せたのだろう美しいスーツが異様なコントラストを見せていた。    醜い醜い死体。  それでもこの男にはコレは美しい恋人なのだ。  僕は、僕だからかこそそれを理解できた。    でも。    グワシュ  僕は思い切り頭を踏み潰した。  死体は頬骨を砕かれ、間抜けに口を開けた。  折れた歯が飛び出していた。  「!!!」  傭兵が声にならない悲鳴をあげた。  グワシュ        僕はさらに踏みつけた。  眼窩の骨が折れ、濁った目玉が飛び出した。    傭兵の悲鳴が耳に甘かった。  最高。  僕はそう思った。    ものすごくものすごく・・・胸がスッキリした。  お前は僕のモノに手を出した。  お前のせいで、僕のガキが他のヤツと・・・考えたくもないことをする羽目になった。    思い出すだけで、また怒りがこみ上げてくる。  グシャッ  さらに今度はわき腹のあたりを踏みにじった。  骨は簡単に砕けた。  もう一度踏みつけようとした。   傭兵が飛び込んできた。  不用心にも程がある。    何も考えずに。  ただ死体の上に覆い被さる。  僕はついでなので、傭兵を踏みつけておいた。  人を踏むのは嫌いじゃない。  傭兵は僕の足の下から死体を抱いて逃れた。  傭兵は泣いていた。  死体を抱き寄せる。  潰れた顔を胸に抱き、頬をすりよせる。    干からびたように腐った肉も、顔を背けたくなる腐臭も、この男には関係ない。    崩れた顔を泣きながら撫でる。  くりかえす名前は恋人の名前か。    「騙されてたんだよ、良かったね、僕に教えてもらえて」  僕は心から言った。  ホントは詐欺師の目の前で暴いて、傭兵に詐欺師を襲わせようと思っていたのに。  傭兵は喜んで詐欺師を犯しながら殺してくれたはずだ。    詐欺師、死なないけど、それは問題じゃない。    傷めつけるそこに意義がある。  予定が狂った。  傭兵が僕に向かって歯を剥いた。  凄まじい憎悪がみえた。    「怒る相手が違うだろ」  僕はため息をつく。  確かに死体を壊したのは・・・僕だけど。    

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