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祭 26
傭兵は死体をそっと地面に置き、上着を被せた。
そこからゆらりと立ち上がる。
僕は笑った。
怒ってるのがおもしろかったからだ。
というより怒らせたかったのが成功したので、痛快でたまらなかったからだ。
愉快。
愉快。
面白い顔が見れた。
思わず声が零れた。
声を立てて笑ってしまう。
呆れたような目を向けたのは犬だった。
傭兵はどす黒い顔をしていた。
怒りに頭に血液がまわっているのだ。
真っ黒な目と、表情の消えた顔が怖くて怖くて・・・笑えた。
手斧を掴んだ手が震えていた。
ああ、怖い怖い。
僕が死なないこと自体もう忘れてるよね、コイツ。
「殺す」
傭兵は言った。
ドスのきいた低い声が本気をつたえておかしい。
「お前の相手は僕じゃない」
僕は笑った。
僕はもうこれで十分気がすんだ
犬が僕の前に立ちはだかる。
犬は銃を構えていた。
右手に握られた銃が傭兵に向けられる。
「コイツもさ、自分のオンナお前に攫われてムカついてるんだって」
僕はゲラゲラ笑いながら言った。
譲ってやるよ、犬。
僕は詐欺師を殺しに行かなきゃならない。
「オンナ?」
不思議そうな顔を傭兵はした。
まあ、犬のオンナであの女は結びつけにくいだろうな。
でもたどり着いたらしい。
凄く嫌そうな顔をした。
「オンナって・・・あの子かよ。マジか。最悪・・・ロリコンかよ」
狂っているけど意外とマトモだな、コイツ。
僕の意見と同意見だ。
「30才だ!!彼女は!!」
また犬がムキになって叫ぶ。
「いや、アレはないだろ・・・引くわ・・・」
傭兵が蔑みきった目を向ける。
分かる。
分かる。
子供に欲情するヤツって最低だよね。
「死体愛好家に言われたくない!!」
犬が怒鳴った。
おっと。
聞き捨てならないことを。
「・・・死体に文句をつけるな。生きてるか死んでるかくらいの差で差別するんじゃない。お前はあのオンナが死んだら終わりだろうけどね。僕らは・・・終わりじゃないんだよ」
僕は犬に言った。
そう考えると、傭兵は実に僕と考えが近い。
ふむ。
こういう立場でなければ、珍しく興味を持ったかもしれない。
本当に珍しい、殺すためでもいたぶるためでもないし、性的な意味でもない興味を。
でもな。
僕のガキに手を出した時点で、全ては何の意味もないんだよ。
お前がどんなヤツかなんて。
「じゃあ、僕は行くから。ガキは車か?」
僕は犬に言う。
「・・・そろそろ回復している頃だ」
犬は答える。
僕は背をむけた。
傭兵が僕にむかって手斧を投げるのは分かっていた。
僕は伏せた。
そして犬が構えている銃ではなく、左手のスイッチを押すのも分かっていた。
棺の扉をあけたあのスイッチだ。
それと同時に犬が地面に伏せるのも。
何かが起動した、カチカチと言う音に傭兵が振り返るのもわかっていた。
その音が傭兵の愛しい恋人からすることに気付いて顔が真っ白になることも。
犬は何の躊躇もなくスイッチを押していた。
コイツがどれほどの悪意を傭兵に持っているのかはよくわかった。
ちょっと死体を壊した僕なんてたいしたことじゃない。
やさしいもんだ。
コイツ、死体に爆弾をしこんでるんだから。
バラバラの粉々。
相手の何より大切なモノを目の前で壊す。
僕でもしなかったことを犬はやってのけた。
お前、中々、最低野郎だよ、犬。
爆発した。
爆風か頭上を駆け抜けていくのを感じる。
犬と僕は特注の棺の影に伏せていたから、大して問題がないことはわかっていた。
おそらく傭兵はまともにそれを受けるだろうことも。
「じゃあ、僕行くから。着替えとか車に用意してあるよね?・・・出来る限り早く来いよ」
僕は立ち上がった。
車の中で着替えよう。
大勢の人前に出るんだからバシッと決めなきゃね。
「ああ」
犬は頷いた。
僕より先に立ち上がっていた犬の目は、アスファルトの上に転がる傭兵から離れることはない。
傭兵はまだ生きていた。
右手は千切れかけてるし、左脚は吹き飛んでいる。
とても素敵な状態だ。
ゼイゼイヒューヒュー言っている。
もうあまり長くないだろう。
でも、ただ殺すだけでは飽き足らないのだ。
まあ、わかる。
これは僕からの犬へのご褒美だ。
僕はもういい。
僕は詐欺師を喰うからいい。
オードブルぐらいはくれてやる。
死体は吹き飛んでて、粉々にされていた。
傭兵は死ぬだろう。
良かったな。
恋人のいない世界を離れることができて。
僕は思った。
終わらない。
終わらない想い。
相手が死んだ位では。
求めることを止めることなどできない。
求める相手などいないのに。
それはどれだけ苦しいことか。
自分が死んだならその想いは終わるのか?
僕は疑問に思った。
もしかしたら・・・終わることなどないのかもしれない。
僕はそこに背を向け、可愛いガキが待つ車へと向かった。
まだ、ガキは生きていて、僕はガキの体温を味わうことが出来るのだ。
早くぜんぶ終わらせて、ガキを甘く泣かせてやりたかった。
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