208 / 275

祭 30

 モンスターが人間に恋するとどうなるのかを見ている気がする。  私は思った。  私が戻った時、  男は土下座していた。  ・・・これがそれ程驚くべき光景でなくなったことにこそ、驚く。  謝る位なら相手を殺してきた男は、ひたすら少年の前で頭を下げていた。  今のこの男ならそうしても不思議ではない。  力関係は随分変わった。  「ゴメンナサイ」  男は本当にしゅんと、しょげた顔をしている。  おずおずと床から少年を見上げる顔に、これは誰なのかを聞きたくなる。  「許さない」  少年はぷいと顔を背けた。  理由はわかっている。  男の言動は全てモニターされている。  男のシャツにつけた盗聴器はゴミ袋の中に入ったが、部下達はコンテナ内の集音マイクをオンにして運転席て男の言動はモニターしていた。    もちろん少年にはそれは言わない。   色々ややこしくなるからだ。  とにかく、少年に男が何をしていたのかの報告は受けている。  少年を抱いてご機嫌だった男は、いつも通り少年を甘やかすように服を着せたり甘い言葉を囁いたりしていたわけだが、少年が一言も口をきかないことに気付いた。  そしてやっと理解したのだ。  怒らせてしまったことに。  で、今こうなっている。     「お前だって・・・もっと欲しいとか言ってたじゃない・・・気持ち良かったでしょう。腰振って絞りとってきたじゃないか・・・」  男は最悪な言い訳をして、少年の中で何かがキレる音がする。  少年は男の前から立ち上がり、キョトンとした顔でそのやりとりを見ている彼女の隣りに座った。    向かい合わせのベンチに座っていたのだ。  そして彼女の足元で男は少年を抱いていたわけだ。  目を綴じて耳を塞いでいるからいいだろうと思って。    それは少年は怒るに決まっているが、男にはその辺がわからないのだ。  透明なバリケードを男との間に少年が築くのが見える。  拒否だ。  男は慌てた。    「ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。僕が悪いです。ゴメンナサイ」  男は必死で少年に取りすがる。  男は少年に構ってもらえないと生きていけないのだ。  ものすごくわかりやすく、恋をしている。  化け物の恋と言うのはたちが悪い。  男にしてみれば精一杯優しくしているのだ。    殺さないし、拷問もしないし、心を壊すような企みさえしていない。  人間に対して行う全ての楽しいことを少年にだけは放棄しているのだ。  それに羞恥心の概念がないこの男にしては最大限の配慮を少年にはしているのだ。  恋人の前でその死体を壊すことを思いつく男だ。  実行したのは私だが、思いついたのは男だ。  しかも最初の計画では傭兵を煽って詐欺師を犯させるつもりだった。  一応企みを少年に隠す配慮はしている    とことん卑劣なモンスターが一生懸命、少年を思いやろうと努力して、限りなく失敗しているのだ。  その努力は少年よりも、少年が来る以前を知っている私にはよく分かる。    哀れさみたいなものさえ感じてしまったりもする。    「ゴメンナサイ。ゴメンナサイ・・・」  少年の肩にすがりついてる姿はいつものあの男の面影は全くない。  少年に嫌われたら生きていけないのだ。  いつも少年に偉そうにしているくせに。    少年がため息をついた。  「・・・今回、終わったら、分かってるよね。約束、覚えているよね」  少年は男を諦めたように抱きしめながら言った。  「・・・」  男は黙った。    「約束だからね」  少年は男の髪にキスして言った。  もう唇にはキスしない。   少年もさすがに学んだようだ。  この男がキス位で終われるはすがないことを。      男は珍しく固まっていた。  ここらへんで声をかけるべきだろう。  「会場に向かうぞ。詐欺師とアイツは消えていたよ、やはり、ということか。で、どうする?」  私は男に尋ねる。  この男は考えているはずだ。  この男は考えいる。  常に考えている。  相手を騙し罠にかける方法を。  詐欺師とアイツを逃がしたことがわかった時に、いや、それより前に予備のプランは考えてあるはずだ。  「まあ、いくつか考えている」  男は言った。  少年の隣に座り、その肩を抱く。  少年はため息をつくが許した。  男は機嫌が治った少年にすごく嬉しそうだ。  いつもならそう簡単に許さない。  少年はめったに怒らないが怒るとかなり長い。  我々がハラハラするほどだ。  少年の存在は男の危険度を左右するからだ。  我々としては機嫌よくあってほしい。  でも、男を抱けるということは少年には何より優先されることらしく・・・怒りは今回は短かった。  「似合うか?」  少年に男は囁く。  男はタキシードを着ていた。  少年はひざに付いた汚れを払ってやる。    タキシードで土下座をしていたからだ。  「うん。あんためちゃくちゃカッコイイ」  少年は心からの賞賛を贈った。    

ともだちにシェアしよう!