213 / 275
祭 31
「さあ、入ろうか」
あの人が言った。
「うん」
俺は頷く。
もうすぐ開場だ。
俺達は舞台袖で待機する予定だ。
スーツの部下達がカメラで入り口を見張っている。
肉眼でさえなければ、詐欺師の姿を変える能力的は簡単にやぶれるのだ。
なんなら鏡で映すだけでいい。
詐欺師の能力は恐ろしいが、戦闘能力は普通の人間でしかない。
制圧するだけなら、訓練された大人一人で事足りる。
殺すことは出来ないけれど。
「でも、なんでタキシードなんだ?すごく似合ってるけどさ」
俺はあの人に聞く。
俺の着ているスーツも何のため?
「僕がこの祭の主人公だからに決まっているだろ」
あの人は笑った。
作戦を教えないのは俺が芝居や騙すことが苦手だからだろう。
俺とあの人はトラックのコンテナと運転席を改造したその車から降りようとした。
外見は普通の10トントラックにしか見えない。
ご丁寧に運送会社の名前までコンテナには書いてある。
ただ、コンテナの側面に一見それとわかりにくい扉があり、実は後ろの開口部はフェイクだったりする。
本来はコンテナ内でネットを繋いで中継したり、簡単な検査や実験もここで行えるのだけど、今回はネットを繋げないため、無線を使っているため、改造した運転席だけでいいらしい。
今、スーツも指揮中なので運転席にいる。
なのでここにいるのは俺とあの人とあの子だけだ。
ドアを開け、出て行こうとする僕とあの人にあの子が言った。
「・・・待って。あなたは気をつけなければならない」
あの子はあの人を見つめた。
「私はあの男に色んな鍵を渡した。求められるまま渡した。・・・その中にはあなたの鍵もあったはずだ。あまりにも沢山の鍵を渡したから・・・確かではないけれど」
あの子は不安げに言った。
「僕の鍵?」
面白そうにあの人は言った。
「誰の心にもギザギザがある。そこを埋める言葉も。それはあなたの心を開く・・・あの男はそれを知っている」
あの子の言葉をあの人は笑った。
「たった一つの言葉で僕が詐欺師に揺さぶられると?・・・ないね」
あの人は肩をすくめた。
それでも心配そうにあの人を見つめるあの子に、あの人は優しい眼差しをむけた。
あの人は声を潜めた。
「もし、犬がお前にすることで愛想がつきたら言え。・・・殺してやるから」
それは本当に優しい声で、どうやら親切心からあの人が言っていることに驚いた。
まあ、いつでもスーツを殺す理由をあの人は探しているのだけど。
もちろんスーツがあの人の服につけられた盗聴器でこれを聞いていることも知ってて言ってる。
日課のスーツイジメだ。
「ありがとう。今はまだ大丈夫だ」
彼女は真顔で言った。
そう。
今、は大丈夫なの。
そう・・・。
大丈夫かスーツ。
俺はあの子に笑うあの人に少し嫉妬した。
あの子にではなく、
あの子を通してあの人が見ている誰かに。
ともだちにシェアしよう!