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The show must gone 4
所詮、カルトだ。
女はテレビなどにも出演して、切れ味の良い返しや、あくまでもお行儀の良いスピリチュアルな言葉で新たな信者を得て射るが、カルトはカルトだ。
信者達が求めているのは力だ。
とてもわかりやすい。
教祖は超常の力を示した。
少なくとも、信者達はそれを信じた。
修行の果て空を飛び、心を読み、未来を見る。
信者達は信じた。
何故ならば目の前で見たからだ。
これほどわかりやすい奇跡はない。
超常の力を持つ。
それだけで信じた。
自分達を救える神である、と。
バカどもめ。
僕はおかしくてたまらない。
空が飛べたところで、心が読めたところで、未来が見えたところで、何故それが人間を救える証拠になるというのか。
飛行機に人が救えるか。
嘘発見器に人が救えるか。
良くあたる天気予報に人が救えるか。
そんな力があれば、ちょっと便利にはなるだろう。
がだからといって、人を救えるものじゃない。
捕食者だってたくさん殺せる力を持っていて、ばんばん人を殺しているが、なかなか人間は滅ばない。
もちろん正義の味方の僕の頑張りがあるとしても、だ。
一人や二人の超常の力じゃ世界まではなかなか滅ぼせないものだ。
滅ぼす方が簡単なのだから、救うなんてもんはさらに簡単に出来るわけがないだろう。
一人の超常の力を持つ者を崇める連中は頭が悪いとしか言いようがない。
だが信じるんだから仕方ない。
その能力を示してさえ見せれば、詐欺師のような洗脳の力などなくてもこの会場にあつまるような人間達には十分なのだ。
女は今、説法をしている。
話は上手い。
オリジナリティはないが、どうやったら人が笑うのかをよく理解した話し方だ。
際どいジョークも下品になる手前で混ぜて、爆笑まで引きおこしてみせる。
声もいい。
動き方一つ一つまで計算されている。
ちゃんとコーチについたのだ。
魅力的な話し方は訓練でつく。
僕はそれを知っている。
指を使っての視線の集め方。
逆に視線の配り方一つで人の関心事を掴んでみせる。
人をどれだけ魅力的に見せるかなんてのは・・・。
訓練しかない。
人間は本当にはいない「演じられた存在」が大好きなのだ。
女はそれを良く知っていた。
女のジョークに、隣りで一緒に舞台の袖からみていみるガキが無邪気に笑う。
会場と一緒に笑いこける。
もう仕事を忘れてる。
手まで叩いて笑ってる。
この単純さが可愛すぎる。
思わず僕も微笑んでしまう。
可愛い。
可愛い。
ああ、どこかに連れ込んで抱きたい。
押したおして、その気持ちの良い穴に突っ込んで、思い切り鳴かせてやりたい。
笑い顔から泣き顔まで全部僕のだ。
もうずっとそんなことを考えている。
さて、そろそろだな。
僕は予測する。
会場は女に支配されている。
信者達はウットリと女を眺めていた。
会場の電気が暗くなる。
女が合図したのだ。
さあ、はじまるぞ。
会場には重くて甘い薫りがたちこめられていた。
ずっと焚かれていたお香の薫りだ。
少しずつ電気が消えていく。
女の話は笑い話から、魂の解放、物質世界からの離脱を説き始めていた。
「私達はそうすることで、肉体から離れて・・・自由な魂を手にするのです」
女がそう言い終わった瞬間、場内の電気が消えた。
そして会場からは喚声があがった。
何故ならその場で女は浮遊してみせたのだ。
ゆっくりと、重力から切り離され、女は舞台の上を漂った。
影をステージに落とし、ゆらゆらとゆれた。
ステージの遥か上を漂う女を見て会場一杯の信者、そして、ネットで繋がれて他の会場で映し出されたそれをみている人々めおなじように喚声を上げた。
「うそ・・・」
僕の隣りガキがポカンと口を開けてそれを見つめている。
十分な時間それをみせた後、電気か切り替わり、女は演台の上に立っていた。
両手を信者達に向かって広げた。
まるで信者達を抱きしめるかのように。
女を褒め称える声がおこる。
喚声は地響きのように会場を揺らした。
女はその精神の力で、物質世界をねじまげてみせたのだ。
目の前で行われた奇跡。
自分達が信じるモノがその辺の宗教とはちがい、現実に存在する「有り得ないこと」てあることを可視化したのだ。
舞台袖で、演台をセットしていた信者達でさえ、狂ったように喚声を上げる。
自分達が運びこんだからこそ、彼らは天井から吊り下げるなどのタネがないことをしっているのだ。
ハレルヤ。
僕は皮肉っぽく思った。
「あの人飛んだ・・・どうして?」
ガキが説明を求めるように僕をみる。
自分の目で見たものが信じられないのだ。
いい傾向だ。
見たからと言って・・・信じてはいけない。
それがカルト相手なら尚更だ。
「『能力』なのかな?」
ガキは考え込む。
犬の女の「暗号破り」みたいな特殊能力かと思っているのだ。
人間にもいる「能力者」なのかと。
もしかしたら、重力を操る捕食者や能力者が存在したいるのかもしれないがこれは違う。
これは・・・遥か昔から行われてきた古典的なペテンでしかない
「目で見たものを信じるな」
僕はガキに言った。
「正しくは『見たと思っていることを信じるな』だ」
僕は種明かしをしてやることにした。
「『見た』と思い込んでいるだけだ。人間の記憶ほど当てにならないものはない。人間は自分で記憶を操作する。いいか、お前が見たのは舞台の上から消えた女。そして舞台の上を漂う何か、そして舞台に落ちる影。そして光だ」
人間は今その瞬間を意識しているわけではない。
人間の今その時感じたと思っているものは、「全て」後から自分自身でつくりあげられた記憶にすぎない。
記憶によってつくられた意識は、思い込みを本物として記憶に組み込んでいくのだ。
女は浮遊のイメージを説法の中で何度となく繰り返していた。
そのイメージは聞き手の中に刷り込まれた。
そして光。
落とされたり強調されたりする照明やライトは、女が強調したいものを強調する役割を果たした。
会場の信者達は会場の電気が暗くされる度に自分達の存在を薄められ、舞台の女に強く光が当てられる度に女の存在を強調された。
光は存在をコントロールするボリュームになっていた。
そして会場にたきこめられたお香。
白檀の香には人を瞑想状態にもっていく作用があるとされている。
会場の人々は催眠状態にあった。
宗教的な高揚感があればなおさらだ。
種というほどのものはない。
舞台の光があのあの一瞬、暗く落とされた。
女の立つ演台の足元が開き、女は演台の中に落ちた。
舞台からは女が消えたように見える。
そして、漂う影と、舞台に落ちる影がライトをつかって投影されただけた。
女はひとりで準備したのだろう。
影の写るライトの操作も女がしたはずだ。
ただ女は一瞬で開いて落ちる落とし戸をつかって演台から姿を消し、ラジコンでも飛ばすように影をとばし、そして舞台のライトを落としてから、舞台に這い上がり、それから光の中で腕を広げただけだ。
それを見ている側が勝手に女が飛んでいる画像を脳に結んだのだ。
女が飛んだわけではない。
見ている側が飛んだように記憶しただけだ。
どうってことない。
古くから使われてきた大道芸だ。
人間は思い込む。
思い込んだことを本当にだと思う。
それが集団であればあるほどそう思う。
「そうなの!!」
ガキが信じられないように言う。
ガキも見た、と思ったからだ。
宙を漂う女を。
「目で見たものでも信じるな。お前が信じていいのは僕だけだ」
僕は言った。
「それはあんたの希望?」
ガキがマジメに聞く。
「命令だ」
僕はいい切った。
ガキはクスリと笑った。
何だ、その余裕。
犯すぞ。
とにかく僕は拍手を送る。
この女はいい。
本当にいい。
僕は女はあまり気に入らないがこいつは気に入った。
頑張り屋さんじゃないか。
僕の知る限り悪党には努力家が多い。
まあ、本当に努力している。
可愛いほどだ。
たまに自分は何もしないのがいるが、それは性根が腐っている。
大概の悪党は頑張り屋さんなのだ。
だから僕は悪党が大好きなのだ。
会場は大興奮だ。
素晴らしい見せ物だ。
女は見事に示してみせた。
自分か超常の力を持つ後継者であることを。
映像で繋がっている他の会場もこの興奮で溢れていることだろう。
むしろみたいものをカメラが追う映像の方がトリックにひっかかりやすい。
もちろん録画があれば、冷静になれば一発でわかるトリックだが、少なくとも教団は録画していないだろう。
そして実際にそれを目で見たと思っている人々は、自分の目で見たことしか信じないだろう。
人間の目ほど当てにならないものはないのに。
女には必要だった。
この祭りが必要だった。
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