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The show must gone 5

 この女はこれがやりたくて、空中浮遊をやりたくて、信者が殺される可能性があっても、この生誕祭を強行したのだ。  信者を支配するために、信者達に見せつける必要があったから。  自分の超常の力を。  そして今、見事にやり遂げた。  信者達は信じたいのだ。   信じてそこに全部自分を渡してしまいたい。  救いとはそれだ。  ただ盲信するだけの安心感。  従えば、  自分は間違わないのだ。   従えば、  認められるのだ。  従えば、  何の責任もとることなどない。  全ての罪と責任から解放され、安らぎと永遠が保証される。  死後の世界まで与えてくれるのだから。    信じたいのだ。  信者達は。  だから女は信じさせてやったのだ。   カルトの代表としては当然の義務でさえある。  演台の細工がバレないように会場に運び込むのも直前にし、殺人現場の保全など無視してまで運びこんだのだ。  しかしみごとなペテンだった。    仕込む暗示、用意した環境、タイミング。  誘導する視線。  全てが完ぺきだった。  女はラスベガスのショーでマジックがやれる。  天才だ。  僕はこの女が本当に気に入った。  多分もっと気に入る。  美人とは言えないが、ここまで楽しませてくれる女は、いや、女じゃなくても、人間全体でもそうはいない。    だが、これほど見事なショーをしてみせても、今日の主役はこの女じゃない。  止まらない喚声。  満面の笑顔の女。    それらが一瞬で静まる。    女は主役じゃない。  そう思っているヤツが僕以外にもいたからだ。  会場の一番後ろのドアが乱暴に開けられた。      その音は静かな会場でなら響いたかもしれない。  でも、興奮と熱狂で叫ぶ信者達の声でかき消されるはずだった。  聞こえるはずのない音だった。  会場は興奮の坩堝と化していたのに、  なのにその音は妙に響き、一瞬で会場が静まり返った。   バタン  全員がその音を聞いた。  舞台の袖にいた僕とガキも。  女か作り上げた興奮、女が作り上げた熱狂、女が作り上げた叫び声。  全てがその音の後に消えた。  舞台以外は光を落とした会場に、外からの光が差し込む。  それをまるで後光のように背負って、ソイツは立っていた。  ここにいる全ての視線をドアを開けるそれだけで奪って。  詐欺師だった。    綺麗に頭を剃り上げていた。  頭にある酷い傷痕でさえ、その美しさを損なっていなかった。  光を背負う姿はまるでその内部から光が零れていくようだった。  微笑み、ただ佇む。    まるで全ての音を吸い込んだのはこの男であるかのように。  女があれほどいじらしい程に頑張って作り上げた熱狂を、ただドアを開けただけで消し去り、人々の関心を一瞬で奪った。  信者達は声ひとつたてない。  ただ詐欺師を見つめている。    「詐欺師は会場にいるようだ。楽屋で死体を発見した。どうやってだかもう入り込んでいる」  僕の耳のイヤホンから犬の声がする。  やれやれ、今頃やっと犬の部下達は詐欺師に気付いたらしい。  まあ、僕も予想外だった。  詐欺師が自分の手で人を殺し始めたのは。  自分の手は極力汚さないタイプであるはずなのに。  「ああ、知ってる。会場の様子を見ろよ。今会場にやってきたよ」  僕は言った。  僕は演台を見つめた。  女が落とし戸をつかって姿を消してみせた演台だ。  簡単には仕掛けがわからないようになっているはずだ。  だが、ここには人が入れる。    女が運び込んだこの中に詐欺師は入ってきたのだ。  女は自ら詐欺師を運びこんだのだ。  この手品が女と詐欺師の父親、教祖のつくったものなら・・・詐欺師もこのカラクリをしっていても不思議はない。  詐欺師は知っていたのだ。  女がこの手品を行うことを。    女性の。  その顔は知っていた。  代表の女が可愛がっていた「侍女」だ。  侍女は口をだらりと開け、目を見開いていた。  まだその切り口からは血が滴る。  侍女の髪を紐のように掴んで詐欺師はそれを持っていた。  そしてそれを微笑みながら女にむかって差し出した。  摘んだ花でも渡すような気軽さで。  女はやはり大した女だった。  蒼白になりながら女はその生首を受け取ってみせたのだ。  取り乱しもしなかった。  一瞬だけ痛ましげに女は侍女の頬をなでた。  毎夜毎夜可愛がっていただろうその唇に、そっと触れさえした。  女はそっと演台の上にそれを載せた。  髪をやさしく顔から払ってやって。  だが次の瞬間女は不敵に笑った。    「おかえり。愛しい弟よ」  女は言ってみせた。  慈愛に満ちた声で両腕まで広げて。  くだらない三文芝居を続けるつもりだ、この女。  不死身の沢山の人間を殺してきた化け物を目の前にして、パフォーマンスを続けてみせた。  僕はますます楽しくなった。  まだこの出し物には続きかあるのだ。  「行かなきゃ」  腰からつるしたケースから山刀を抜いたガキを僕は止めた。   「やらせてやらなきゃ。詐欺師を引き込んだのはあの女だ。あの女なりの考えかあるんだろ」  僕はわくわくしていた。  何するつもりだ女。  お前面白いな。  本当に面白いな。  にこにこと無邪気この上ない笑顔で詐欺師は女を見つめる。  詐欺師に付き従ってきた10数人の信者が女の前に向かってくる。  彼らはそれぞれ手に特殊警棒や鉄棒を持っていた。  警備の役割もしていた彼らは、本来詐欺師に向かって使われるはずだった凶器を女に向けていた。  彼らの目に狂気が光る。  殺意だ。  コイツら女を殺そうとしている。   詐欺師のために。  昨日信じていたものも、今日殺す。  盲信の愚かしさに笑ってしまいたくなる。  女の微笑みは殺意を受けてもかわることはなかった。

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