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もう1つのエンディング 3

 俺はあの人を抱きしめて泣いていた。  俺の腕の中のあの人は・・・ただ愛しい俺のあの人でしかなかった。  あんたは何もわからない。  あんたは何も知らない。  まるで、数学や科学のように人の心を計る。  そして断罪する。  あんたの言っていることは確かにその通りに聞こえる。  あの女の人はきっと・・・生きていたら信者達を支配しただろう。  信者達も言われるかまま、教団のために誰かを傷つけたり、苦しめたりしただろう。    そうだ。  その通りだ。  あの人があの女の人を殺さなけれぱ、信者達はそれでも教団にすがっただろう。  流石に全員ではなくても。  あの人の云う通りだ。  その通りだ。     教団は人間に害なす存在だった。  確かに。    嘘を信じて、嘘を振りまき、嘘に溺れる。  そこにあるのは、自分達には心地よい嘘だけだ。  だけどそれは・・・間違っているんだ。  女の人を殺せばいいというものとは違うんだ。    癌を切除するようなものではないんだ。  僕はあの人を優しく抱きしめた。    あの人匂いを探して首筋に顔を埋める。  血の匂いではなく、そこからはあの人の匂いがした。  その匂いが愛しくて。  この人が悲しくて。  俺は泣いた。  全部わかっているのに、何も分からないこの人が悲しくて。    困ったように身体を強ばらせるあの人が、愛しくてかなしくかった。    あんたの体臭を嗅ぐ。  それは血の中でも甘い。    綺麗だ。  そう思ういつだって。      初めて会った殺人現場からそう思っている。  あの時だってあんたは笑ってた。    無惨に殺した死体を犯しながら。  それでも。  綺麗だと思った。  何も分からないあんた。  何故人を殺してはいけないのかも分からないあんた。  人間に貪られるために美しく創られたあんた。  あんたが生まれたのも、あんたがこうなったのも・・・あんただけのせいじゃない。  あんたを創ったのは俺達人間だ。    あんたが殺した女や詐欺師やその父親の教祖を創ったのも、人間だ。    勝手に自然発生したんじゃない。  悪い奴らが悪い奴らを作り出したわけじゃない。    どこかで俺達は、そう、何の罪のない、と思っている俺達はどこかでそれを見逃した。    「これはおかしい」   「これは悪い」  「これはダメだ」    そう思っていたはずなのに、俺達はそれが生まれるのを止めなかった。      「怖かった」  「関係ない」  「仕方ない」     様々な理由で見逃した。  自分にはまだ被害が及ばないから。    悪魔は今日明日生まれるわけじゃない。  俺達が育ててきたんだ。  俺達、人間の中で生まれて、俺達が育てた。  切り捨ててなかったことにすればいい癌なんかではないんだ。  あんたも、女の人も、詐欺師も。  信者達も。  でも俺は頭が悪いから、どうすればいいのかなんてわからない。   でも、俺は・・・。   「あんたのせいじゃない」  俺はあの人に囁く。  あんたは頑張ってる。   善の意味さえわからないのに、正義なんて与えられたこともないのに、それでも分からないなりに頑張ってる。  俺はあんたを責める資格などない。  俺はあんたを愛しているからだ。  あんたがどれほど酷いことをしてきて、それを反省することさえ出来ないのを知っていても、あんたを愛しているからだ。  あんたのせいじゃない。  これからも、今までも  全部俺のせいだ。  あんたを望む以上、それは全部俺のせいだ。  「あんたのせいじゃないんだ」  俺の腕の中の身体は温かで。  愛おしかった。            

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