252 / 275
もう1つのエンディング 3
俺はあの人を抱きしめて泣いていた。
俺の腕の中のあの人は・・・ただ愛しい俺のあの人でしかなかった。
あんたは何もわからない。
あんたは何も知らない。
まるで、数学や科学のように人の心を計る。
そして断罪する。
あんたの言っていることは確かにその通りに聞こえる。
あの女の人はきっと・・・生きていたら信者達を支配しただろう。
信者達も言われるかまま、教団のために誰かを傷つけたり、苦しめたりしただろう。
そうだ。
その通りだ。
あの人があの女の人を殺さなけれぱ、信者達はそれでも教団にすがっただろう。
流石に全員ではなくても。
あの人の云う通りだ。
その通りだ。
教団は人間に害なす存在だった。
確かに。
嘘を信じて、嘘を振りまき、嘘に溺れる。
そこにあるのは、自分達には心地よい嘘だけだ。
だけどそれは・・・間違っているんだ。
女の人を殺せばいいというものとは違うんだ。
癌を切除するようなものではないんだ。
僕はあの人を優しく抱きしめた。
あの人匂いを探して首筋に顔を埋める。
血の匂いではなく、そこからはあの人の匂いがした。
その匂いが愛しくて。
この人が悲しくて。
俺は泣いた。
全部わかっているのに、何も分からないこの人が悲しくて。
困ったように身体を強ばらせるあの人が、愛しくてかなしくかった。
あんたの体臭を嗅ぐ。
それは血の中でも甘い。
綺麗だ。
そう思ういつだって。
初めて会った殺人現場からそう思っている。
あの時だってあんたは笑ってた。
無惨に殺した死体を犯しながら。
それでも。
綺麗だと思った。
何も分からないあんた。
何故人を殺してはいけないのかも分からないあんた。
人間に貪られるために美しく創られたあんた。
あんたが生まれたのも、あんたがこうなったのも・・・あんただけのせいじゃない。
あんたを創ったのは俺達人間だ。
あんたが殺した女や詐欺師やその父親の教祖を創ったのも、人間だ。
勝手に自然発生したんじゃない。
悪い奴らが悪い奴らを作り出したわけじゃない。
どこかで俺達は、そう、何の罪のない、と思っている俺達はどこかでそれを見逃した。
「これはおかしい」
「これは悪い」
「これはダメだ」
そう思っていたはずなのに、俺達はそれが生まれるのを止めなかった。
「怖かった」
「関係ない」
「仕方ない」
様々な理由で見逃した。
自分にはまだ被害が及ばないから。
悪魔は今日明日生まれるわけじゃない。
俺達が育ててきたんだ。
俺達、人間の中で生まれて、俺達が育てた。
切り捨ててなかったことにすればいい癌なんかではないんだ。
あんたも、女の人も、詐欺師も。
信者達も。
でも俺は頭が悪いから、どうすればいいのかなんてわからない。
でも、俺は・・・。
「あんたのせいじゃない」
俺はあの人に囁く。
あんたは頑張ってる。
善の意味さえわからないのに、正義なんて与えられたこともないのに、それでも分からないなりに頑張ってる。
俺はあんたを責める資格などない。
俺はあんたを愛しているからだ。
あんたがどれほど酷いことをしてきて、それを反省することさえ出来ないのを知っていても、あんたを愛しているからだ。
あんたのせいじゃない。
これからも、今までも
全部俺のせいだ。
あんたを望む以上、それは全部俺のせいだ。
「あんたのせいじゃないんだ」
俺の腕の中の身体は温かで。
愛おしかった。
ともだちにシェアしよう!