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もう1つのエンディング 6

 「コイツは諦めろ。さっさとお前が愛する最低な犬野郎のところへ帰れ!!・・・わかった?ガキ、犬は最低だからね。騙されたらだめだよ。アイツは二股かけて生きていくようなヤツだからね」  前半はオレに、後半は少年にアイツの評価を落とすために捕食者は言った。     少年は苦笑いをしている。  解る。  面倒くさいよな。  大体、他の男の名前呼びながら少年を抱いてたヤツが何言ってんだか。  捕食者の絶対に少年が余所に目がいかないようにしようという熱意には笑うより感心してしまった。  「ほら、お前の男が来たぞ」  捕食者は面白そうに言った。    部下から連絡が入ったんだろ。ステージ袖からアイツが駆けてくる。  「  」  オレの名前を呼ぶ声。  愛しい声。  走ってくるアイツ。  必死な顔だな。  いつだって、迎えにきてくれるな。  お前がオレを助けようとしなかったことなんてなかった。   お前かオレを思ってくれないことなどなかった。    怒って笑って、・・・愛してくれた。  それはオレが思うものではなかったけれど。  オレだけのものであったことなど一度もなかったけれど。  ああ、腕を広げてオレを抱きしめてくれるのか?  その胸に抱かれたいと思ってしまう。  思ってしまう。  思う。  願う  欲しい。  でも。  でも。  ほかの男の胸に抱かれようとしているオレを見ようともしないだろう嘘つきな男を思った。  オレより嘘つきは虐殺を選んだと捕食者は言った。  違うとしたら?  オレをアイツに帰すからこそ、せめて復讐だけを果たそうとしたのだとしたら?    アイツの身体がすぐそこにある。  のばされた腕が俺を包み込もうとする。    それでも嘘つきはオレを見ないだろう。  アイツはとっくにアイツにオレを渡しているのだから。  ああ、そうだな、そう。  オレのすることは決まっていた。    オレは後ろポケットからこの会場に入った時に手に入れたものを取り出した。  それは小さなスプレー缶だった。  オレはそれをアイツの目に吹きかけた。  嘘つきが殺した信者の死体を楽屋でオレは見つけた。  で、何か約に立つものをもってこいないかと・・・オレは半袖半ズボンで何も持ってなかったからな・・・で、この催涙スプレーを見つけたわけだ。  あの信者はセキュリティーだったんだろ。  その催涙スプレーをアイツに吹きかけた。  至近距離のそれにアイツは悲鳴をあげて顔を抑えうずくまった。    ものすごい罪悪感だが、仕方ない。    許せ。  もっとこれから許して貰えないことをするから、これは許せ。  オレはずっと存在を確認していたステージの上に落ちてきた山刀を素早く拾った。  オレはこれを拾うために計算しながら男や少年に近づいていたのだ。  少年が動こうとしたから、のた打ちまわるアイツの首筋近くに山刀の先を向けなければならなかった。  「丁度いい。情報屋ソイツを殺せ、今だ!!」  捕食者が本音をだだ漏れにしていた。  結構本気で言っている。  少年は動かない。  オレが本気なのがわかる。  オレはアイツを殺したいとは思わないが・・・願望はある。  コイツを殺してオレも死ぬってのは?  願望だ。  願望だ。  だが願望は零れてしまうかもしれないよな、少年。  こんな時なら。  「あんたには出来ない」  少年は叫ぶ。     「出来るさ・・・愛する男のためならね」  オレは言う。  少年は不思議そうな顔をした。  「あんたが愛してるのはスーツだろ?」  少年の言葉は当たり前の事実のよう。  可愛いな、少年。  本当に。  「違う。オレが愛してるのは、そっちの嘘つき野郎だ」  オレははっきり言った。  その時初めて嘘つきがこちらに顔をむけた。  ああ、そうだ。  言ってやるよ。  「愛してるよ」  オレは嘘つきに言った。    それは嘘だった。   オレの心は今でもオレのせいでのた打ちまわっている、優しくて酷い男のことを欲しがっている。  その男を愛している。  でもオレは言った。  「愛してるよ。お前を」  なんて目すんだよお前。    そんな顔出来たんだな。  子供が泣き叫ぶような顔。    「嘘だ!!」  真っ直ぐな目で少年が言う  そうだ嘘だ。    だけど嘘のどこが悪いんだ?  「取引がしたい」  オレは言った。  「・・・犬の命なんか僕に一ミリの価値もないぞ。てか、早く殺せ」  捕食者は命令までしてくる。  本当にコイツ嘘つけないな。  意外な可愛さを知った気分だな。  まあ、オレもアイツが取引材料になるとは思ってない。  するつもりもない。  オレ望みの綱は妙に真面目なところがある捕食者の性格だけだ。  この男は残酷で冷酷で、ワガママで、卑劣なんだが、どこか、そう、上手く嘘がつけなかったり、奇妙に真面目なところがある。  むしろそれはこの男が純粋に狂っている証拠でもあるんだが、オレはそこに賭けたかった。  賭けるものは決まっていた。  「その嘘つきを返せなんて言わない。殺されるのは仕方ない。でも・・・拷問はやめてくれ」  オレは哀願した。  「・・・それと引き換えにお前は僕に何をくれる?」  興味深げに捕食者は言った。  乗ってきた。    「オレの命」  オレは答えた。  「自分を殺させてやるから、拷問は止めろと?お前を殺せるのは嬉しいが、そんなことは出来ないな。お前は悪党にさえなれないハンパ者だからな。僕は悪党しか殺せないんだよ」  しれっと捕食者が嘘を言う。  いや、嘘ではないか。少なくとも少年の前ではオレを殺せない。  オレもそれでは不十分だとは思っている。  「あんたがオレを殺す必要はない。オレがこの場で自分で死ぬからそれで納得してくれ」  オレは言った。  「この場で?お前が自分一人で?」  捕食者は途端にに興味をもった。    何故なら・・・。  「不可能だ。お前が死ぬには首を切り落とさなければならない。お前ひとりでどうやってするんだ?」  捕食者は言い切った。  そうだオレや少年のような従属者が死ぬ条件は首を切り落とされることだ。  普通は一人では死ねない。    何か仕掛けでもない限り。  「自刎」  オレは言った。  捕食者は興味をしめした。    「お前がか?、たかが情報屋のお前がか?」  捕食者は笑った。    ほら、乗ってきた。    「見事にやってのけたなら・・・願いを叶えてくれるか?」  オレは言った。  もうほぼ決まったも同然。  「いいだろ・・・出来るわけがないからな」  捕食者は頷いた。  ほら・・・乗った。      

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