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嘘の境界 2

 そして今、俺はあの人が運転する車に乗っているわけだ。  なんで?  俺は良く分からなかった。  あの人のイラつき具合からは、あの人がしたくてたまらないのは見てとれた。  なのに、あの人はシャワーから出て来た俺に着替えを投げつけ言ったのだ。  「帰るぞ!!」  そして服を着る俺の裸を見ようともしないで背中を向けていた。  見たらしたくなるからだ、とわかるのだがでもなんで?  でも俺は余計な質問はしない程あの人の扱いには慣れできた。  あの人好みのブランドの服に身を包む。   スーツの部下は走り回って探してこの服を買ってきたんだろうな・・・。   いつも、この人がすみません・・・。  この人は基本ワガママしか言わない。  「行くよ!!」  あの人の命令に従う。   従いますよ。  いつだって。  俺はあんたのもんだから。    そして、今ものすごくむっつりしたあの人と車に乗って家に帰ろうとしているわけだ。  俺達の家は傭兵に吹き飛ばされたので引っ越ししてた。  俺が誘拐されている間に。    もちろんあの人が引っ越し作業などするわけもないので、スーツの部下達がしたんだと思う。  詐欺師との対決でバタバタしている時に、あの人のワガママでそうなったんだと思う。    スーツやスーツの部下達は言わないけど、と言うか言えないけど、この人のこと大嫌いだと思う。  ホント、酷いから。  いつも。  ワガママワガママ。  ホント、ワガママ。  「何考えてる?」  あの人ににらまれる。    「あんたのこと」  俺は俺はそう言って肩をすくめる  嘘じゃない。     「・・・スーツ大丈夫なのかな」   俺はあの人がスーツのことなんて気にもかけないと分かっていたけれど言ったみた。    「・・・失っても生きていかなきゃいけないんだ。なんとかするさ、ほっておけ」  あの人は真面目に言った。  ・・・あんたもそうだったの?  俺は言えない言葉を飲み込む。  あの人はそんな俺の様子を見て苦い顔をした。  この人も言えない言葉を飲み込んでいる。  重い沈黙が車を満たした。  俺は目を閉じた。  俺とあの人の間に、違う誰かの存在をこれほど感じたことはなかった。  なんとかするしかないんだ。  これも。  生きていくんだから、この人と。    目を閉じたのは、苦しくなって泣きそうになったから。    あの人は誰かの名前を呼びながら俺を優しく優しく抱いた。  怖がらせないように、優しく。  まるで初めて抱くかのように。  「きっと、これが好きになる・・・」   あの人は囁いたのだ。     その人をあの人は抱かなかったのだ。    きっと。  生きているうちは。  性欲の塊みたいなあの人がその人を大切に大切にしていて、我慢したのだ。  我慢とか出来ないと思っていたのに。  いい。  分かってる。  それでもいいと決めた。  あんな風に優しく触れたり、我慢してでも耐えたりなんて俺にしてくれなくても・・・俺はこの人を愛しているし、あんたの中のその人にあんたを渡しはしない。  その人は死んでいる。  生きて今あの人といるのは俺だ。  俺なんだ。  それでも、胸は痛んだ。      「・・・」  あの人は何か言おうとして、止めた。  重苦しい沈黙から逃げるため、俺は寝たふりをした。  まだ慣れない寝室。  俺とあの人の新しい寝室。  俺は自分から服を脱いでいく。  貪られるのは怖い。      でも、俺はもう勃ちあがっていた。  怖くて、痛くて・・・気持ちいいのだ。   そしてあの人に触れられることを・・・どんな形であれ、俺には拒否できない。  服を脱ぎ捨てて振り返ったなら、あの人はまだ服を着たままで、しかも・・・ドアのそばで動けなくなっていた。  あんた、ホントどうしたの?  いつもなら服引き裂いてでももう俺を犯してるだろ?  「どうしたんだ?」  俺は素っ裸のままあの人に近寄る。  あの人が少し後ずさる。  表情が固い。    何?  何?  何これ?  でも俺は見守ることにした。  あの人の瞳が震えている。  「・・・僕は。僕は」  あの人がやっとのことで口を開いた。  「・・・お前に酷いことをした」  小さな声であの人は言った。  どのことだろう。  覚えがありすぎてわからない。      きょとんとしてると、あの人が顔を歪めた。      「・・・お前を違う名前で呼んだ」  ポツンとあの人が言った。  気にしてくれてはいたんだ。  分かってはいた。  あの人が俺に嫌われることを極度に恐れていることも俺は知ってる。  その割には酷すぎるけど、色々。  「もう、いいよ」  俺は心から言った。  あの人の頬を撫でて安心させようとした。   あの人は俺の指が頬にふれただけて、ピクンとからだを震わせ、強ばらせた。  どうしたんだ。      本当に。    今日はおかしい。  「俺にあんたが謝ることは何にもないよ。俺はあんたが好きであんたといるんだから。良いんだ」  俺が決めたことだ。  俺はあんたを諦めることなど出来ない。  俺は優しく言ってあの人の顔を覗き込んだ。  どうしたんだ。    まるで泣き出しそうな子供みたいな顔をして。  「良くない!!」  あの人は怒鳴った。    その激しさに驚く。  「良くなんかない!!」  あの人は俺の手を振り払った。  あの人は、ポカンとしている俺の前で、自分の服を乱暴に脱ぎだした。   あの人の綺麗な身体が露わになり、やはり俺は見とれてしまう。  白い身体、淡い色づく乳首、ペニスに至るまでこの人は本当に綺麗だ。  「・・・抱いていいぞ」  あの人は小さな声で言った。      

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