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嘘の境界4

 「自分ばっかり・・・僕だって・・・僕だって・・・お前だけが僕を好きみたいじゃないか!!」  あの人が泣き叫んだ。    「彼を愛してる。仕方ない。でも彼がいなければお前にだって会えなかったんだぞ!!・・・僕一人なら逃げるなんて思いもつかなかったんだから!!」  あの人はまた俺の胸に抱かれてるのに他の男への愛を語った。  それにはさすがに胸が痛い。   でも俺にだってこの人が言いたいことはわかってきた。  「僕だって、僕だって!!」  あの人は泣きながら俺の胸に顔をこすりつけた。  愛しすぎて抱きしめてしまう。  「ごめん。ごめん・・・」  俺はしゃくりあげるあの人を抱きしめながら何度も謝った。  「僕にしてもいいのは・・・お前だけだ。なのに、なのに!!」  あの人は怒って俺の肩を噛んでから言った。  痛かった。  もちろん噛まれたことも。    でもそれ以上に心が痛かった。    あの人は言葉で言えないのだ。  あの人らしい理由があるんだろう。  言わないと決めているんだ。  俺に愛していると言わない、と。  でも、伝えようとしているのだ。  必死で。  「抱いていい」と言ったのは言葉の代わりなのだ。    「お前だけだ。他の誰にもそんなことはさせない。今も昔もお前だけだ。これからも」  あの人が胸の中で泣き叫ぶ。  「うん」  俺は強く抱きしめた。  あんたの中のその人は・・・絶対にこんなあんたを知らない。  これは俺だけのあんただ。  あんたは泣いて叫んでる。    「愛している」と。  こんなにも全身で。  「うん」  俺はあの人の涙が溢れる白い頬に頬ずりした。  「・・・抱いてもいい?」  俺は囁いた。  可愛いすぎた。    愛しすぎだ。  「そう言っている!!」  あの人が泣きながら怒鳴った。  「うん。・・・ごめん」  俺はあの人の涙を指で拭いながらその耳元に囁いた。  そして言った。  「抱くね?」    あの人の返事はなかったが、それは大した問題ではなかった。

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