269 / 275

約束の場所 5

 腕と引き換えにしても渡したくなかった。  この男が欲しかった。  この男はあの風景と同じなのだ。  見るまでは知らなかった空の広さ。  大地の広さ。  一緒にいたら世界が変わる。  まだ約束した場所に行ってもいないのに。  そんなに笑う。  そんなに怒る。  そんなに甘えさせてくれる。  濃い緑の土地へ行こう。  この男と行こう。  全てを奪ったものを殺し尽くして、自由になってあの土地へ行こう。  そうしたら・・・。  もう、殺さないでもいい。  そう思った。  そして、男はゲームを提案してきた。  それは男には何の得もないゲームだった。  自分が虐殺を止められたなら、あきらめてその土地へ二人で行くと言うゲーム。  男が負けて虐殺が行われたとしても、男は一緒にその土地へ来てくれると言った。    男は・・・自分をくれると言った。  生まれて初めて与えられた。  奪われ、うばってきた。  与えられたことなどなく。  ちいさな写真ですら、しゃぶり舐めて、手で扱かなければ貰えることさえなかったのだ。    それが嬉しいことさえ知らなかったのだと知った。   嬉しくて泣いた。  抱きしめられて泣いた。  抱きしめて泣いた。  それが愛でないことはしっていた。  それでも嬉しかった。  自分のものになってくれるなら。    殺して殺し尽くして、あの土地へ行く。    この男といたら、  空は広い。  土地は広い。  風は風に。  雨は雨になるだろう。  愛していた。  だからもう口に出来ない言葉になってしまっていた。  この唇は嘘しか零さないから。    「人間がコイツを見捨てたからコイツが生まれた。コイツは一度だって誰かに助けもらえるとさえ考えたことさえないんだ!!コイツはもう駄目だ、腹の底から腐っている、そんなのわかってる!!でも・・・コイツを人間でなくしたのは人間なのに、化け物になってまで化け物にまで見捨てられたら・・・可哀相すぎるだろうが!!」  男は少年から庇ってくれた。  少年の山刀の前に立ちふさがってくれた。  男は全世界を敵にまわしてくれた。  人間の側ではなく、化け物として立ってくれた。  善悪ではなく、男以外の誰も庇わないからだ。  死んでもいい生き物だからだ。  化け物だからだ。  そうしても良いものだから、そうする。  そうされてきた。  人間のルールではそうだし、教団のルールではそうだから。  それをあの男は切ってすてた。  その理由は一つ。  「可哀想だから」  そんな理由一つで、人間全てを敵にまわしたのだ。  震えた。  ちいさな写真が取り上げられたことを思い出した。   少年時代だ。  広い空と大地の写真。  武骨な【神】の手に握られていた、宝物。  泣いて跪いて懇願した。  それだけは取り上げないでと。  どんなにひどく陵辱されても、泣きもしなかったのに。  それには耐えられなかったから  信者達の目に同情はあったかもしれない。  でも誰ひとり、庇ってくれるものはいなかった。  そうされても仕方ない。  仕方ない。  仕方ない。  写真は破かれ窓の外へ飛ばされた。  そしてその場で犯された。  自分が何なのかを思い知らせるために。    心の中に保管しておいたあの場所へ逃げた。    写真は失ったけど、心に焼き付けていた。  でも奪われたことは忘れることはなかった。  仕方ないもの。    仕方ないとしたもの。  そんな思い出を男は壊した。  男は庇ったのだ。  庇ってくれたのだ。  あの場に男がいたら?  男はきっと【神】から写真をとりあげてくれただろう。  「可哀想だろう!!」  そう叫んでくれただろう。  奪われ破かれた写真が戻ってきたような気がした。    

ともだちにシェアしよう!