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出口のない部屋2

 あの頃、私はアイツを抱いた。  一度だけ。  彼女を前にして耐えられなくなってきていた頃だった。  彼女は無防備で、子供頃と同じように近い距離のままで。  触れられることは嫌いでも、私の近くにいたいと思ってくれる子供のままで。  それは、今もそうだ。  触れさえしなければ、同じベッドで眠ることが好きだし、いつも近くにいたいと思ってくれる。  今でもそれが辛い夜があるけれど、18才の私には耐え難かった。  いや、今は我慢しなくなっただけで、18の私の方が遥にマシだったのか。  アイツが私のことを好きなのではないかとは薄々わかっていた。  気付かないようにしていただけだ。  乗せろと無理やり乗ってくる自転車の荷台から、腰に回してくる指が必要以上にぎこちなかったり、  飯を食べさせ、テーブルで勉強させているアイツがそっと気づかれないようにこちらを見ている視線、  寒くないように着せて帰らせたパーカーを迎えに行った時に抱きしめて寝ていたり。  ほぼネグレクトの母親に愛情らしいものをかけられなかった子供が、愛を求めるだけかもしれないなどとか、都合良く解釈上しようとしていた。  でもわかっていた。  わかりすぎるほどわかっていた。  私だって、ずっと。  ずっと、不器用に彼女に恋していたのだから。  必死で良いお兄ちゃんを彼女の前で演じようとしていて演じられなかった私だからこそ、  可愛い弟を演じていて、演じきれないアイツのことがわかったのだ。  だからこそ。  だからこそ。  アイツの願いを断り切れなかった。  「一度でいいんだ」  アイツは包丁を首に当てながら言った。  アイツが刃物を首に充てて死のうとしたのは昨日が初めてじゃない。  あの日だってそうだった。  「無理だと言うなら・・・オレは死ぬ」   震える目で言われた。  アイツが本気で本気のアイツが何をするのか分からないことを私はよくしっていた。   「一度だけでいい!!」  アイツは悲鳴のように叫んだ。  その声が突き刺さった。  アイツの中にこんな声があったことに心が千切れるようだった。  その気持ちを私は知っていた。  知りすぎていた。  私もそうだったからだ。  一度でいい。  一度だけでいい。  彼女が触れられるのがダメなことはわかっていた。  セックスなど彼女とは望みようもないことはわかっていた。  キスすら・・・難しいし、少なくとも彼女は望まないとわかっていた。  それでも彼女を愛していた。  ずっと。  触れなくてもやっていける、そう思っていた。  その思いは年々揺らいでいく。  でも、彼女を諦める選択肢だけは無かった。  今ならば、都合のいい相手と適等に楽しみ性欲は外で解消する。  でも、そんな今でさえ・・・上手くいかないのだ。     彼女に酷いことをする夢をみて、その夢に夢精して。  その夢で自慰をして。    嫌悪して。    でも何もしらない彼女に欲情して。  会わないように逃げて。  でも会いたくて仕方なくて。  会いに行ってしまい、そしてまた彼女に欲情する。  ぐるぐる回っていた。  心は叫んでいた。  「一度でいい」  たった一度でもいい抱けたなら・・・。    実際抱いてしまえば一度などではすまなくなってしまったのだからそんなの馬鹿な考えだったのだが、私はそう思っていた。  だからこそアイツの言葉はわかった。  「あの子だと思えばいい・・・オレ達は似てるって言ってたじゃないか・・・」  アイツは叫ぶように言った。  くらり、とした。     そう・・・2人はよく似ていた。  薄く空気に解けてしまいそうな体型も、髪型も、細い流れる髪も、折れそうな首筋も。  白い肌も。  まだ男でも女でもないような、だからこそ、危うくて、儚い存在感も。    アイツは私の目の奥の欲望を読み取った。  アイツはシャツを脱いだ。   そして  震える細い白い背中を向けた。    それは夢で見た彼女の背中のようで、思わず唾を飲んでしまった。    コレは違う。  コレは違う。  彼女じゃない。  違うとわかっているのに。  「後ろからなら男も女も変わんないだろ」  アイツが泣いた。  息が粗くなる。    股間が痛くなる程に勃っていることがわかった。  「一度でいいんだ・・・」  アイツが震える声で言った。  泣いてるとわかった。  あのクソ生意気で、冗談ばかり言っているアイツが。    「一度でいいんだ!!」  アイツが叫んだ。  それは悲鳴だった。  私もしっている、心からの悲鳴だった。    諦めることも離れることも出来ないからこその。      

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