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七夕しよ!
「黒杜さん!七夕しよ!」
紅がバンッと扉を開けて飛んでくるようにこちらに歩いてきながら言った。
黒杜は食事の時とか以外はオメガである紅や、紅の母のルージュに気を遣ってあまり自室をでない。
部屋のなかにトイレや風呂もあるし、簡易なキッチンもあるので、部屋で過ごすことができてしまうからなのだが。
でも当のオメガである紅やルージュは発情期以外は遠慮ナシに部屋にやってくる。
この前なんかは「お婿さん!お茶会しましょう!」とルージュがクッキーやケーキを手土産にやってきて、しかも、ルージュ手ずからお茶まで入れられてしまい戸惑った。
とてもおいしいお茶だったが。
しばらくして、紅の父親の宗がルージュを迎えに来てくれてほっとした。
「ごめんね。黒杜くん、ルージュに付き合ってくれて。でも、黒杜くんも緊張しなくていいんだよ。もう、黒杜くんはうちの家族なんだから」と、優しい言葉をかけてくれて、自分の父親にはなかったその優しさにおもわずむずがゆくなってしまい、黒杜は顔を赤くしてうつむいたのは記憶に新しい。
さて、冒頭に戻る。
「七夕……ですか?」
「そう!短冊に願い事を書いて、七夕パーティをしてごちそうをたべよ!」
「またパーティですか?」
この家に来てから節目ごとにパーティをしている気がする。
といってもメンバーはこの家の使用人やその家族が参加するものなので比較的アットホームなパーティだ。
「パーティ楽しいし!お茶会とパーティはいつやっても楽しいよ」
「そう、ですね。紅くんたちとならなにやっても楽しいです」
「そこは、紅くんと、でしょ!」
といいつ紅は顔を赤くしている。
「そうですね」
強気なのに照れてしまうところも紅の好きなところのひとつではあると思った。
「だから、招待状と短冊!」
渡された大きめの封筒には七夕パーティのご招待と短冊が何枚か入っていた。
「願い事を書いてきてね!」
そういうと来たときと同じように紅は素早く部屋を去っていった。
「願い事……か」
黒杜は自分の願いに想いを馳せ、目を閉じた。
パーティの時間になり、黒杜もそれなりの格好をして会場に向かった。
会場は朱雀家屋敷の広い庭の一角で、照明に照らされて夜のガーデンパーティ仕様になっている。
七夕の笹や飾りにかこまれ、七夕のお菓子や、素麺、ちらし寿司、その他七夕に関係のないごちそうなどがビュッフェ形式でテーブルにならび、食事用のテーブルや椅子がそのまわりに散らばるように配置されている。
もう大体のメンバーは揃っているようだ。
朱雀家の使用人もパーティのときは給仕を交代しつつ、主人たちと一緒に食事をする。
逆に宗やルージュ、紅が給仕する側に回ってることもあり最初はビックリしたが、黒杜もいつかは給仕側もしてみたいと今では思っている。
「みんな、あつまったね!じゃあ、七夕パーティをはじめよ!」
今回のホストは紅らしく、紅が開始の合図を出した。
そしてみんな思い思いに食事をはじめたり、短冊を飾る笹に近づいて飾ったりしていた。
黒杜は短冊を飾ろうと手近な笹に近寄ると、紅も近寄ってきた。
「黒杜さんは願い事、なにかいたの?」
「……秘密、です。紅くんは?」
「俺はこれ!」
『商売繁盛』『支援したみんなの夢が叶いますように』『黒杜さんともっと仲良くしたい!』
なんとも紅くんらしい答えだと、黒杜はくすりと笑った。
「最後のはぼくにお願いしなくていいんですか?」
黒杜がいたずらっぽく微笑むと、紅は頬を赤くしていった。
「く、黒杜さんには仲良くしたいときにお願いする……から、いいの!」
そういうと手早く笹を飾り付け、食事の席に戻っていった。
反応からして、スキンシップのことなのだろう。
黒杜はゆっくりでいいと思うが、紅はもっと黒杜と触れあいたいらしい。
こういうところがアルファらしくないなと黒杜は思って、はっとした。
そんなことを思うのはずいぶん久しぶりのことだったから。
朱雀家にいると自分らしくいれてアルファらしくなど思うことはないから。
ここではみんな自分らしくしている。
そのことに黒杜の心に暖かいものが満ちて、笑みがこぼれる。
ここではアルファらしくなどすることはないのだ。
そう、もう一回思うと、黒杜は笹に願い事を一枚だけくくりつけて、自分も食事をしようとその場を離れた。
しばらくして、黒杜が他の人と談笑したり、食事をしたりしているときに、紅がこっそり黒杜が願い事をくくりつけた笹に近づいてきた。
どうしても黒杜が何を願ったか気になったのだ。
「黒杜さんは、何を願ったんだろ」
そして短冊を見ると
『紅くんやお義父さんお義母さん、朱雀家のみんなとずっと幸せでいられますように、ずっと終わりませんように』
という願いが書かれていた。
黒杜は、会社が倒産したことが理由で自尊心がボロボロになった父と巻き込まれた母を無理心中でなくしている。
黒杜の父から黒杜に対する扱いはよくはなかったかもしれない、それでも黒杜にとっては父も母も家族だったのだ。
だからこそ、幸せが家族が突然終わってしまうそのことを身にしみてわかっているのだろう。
「絶対終わらせないよ。黒杜さんは俺が守るから。俺が力及ばなかったら父さんも母さんもいる。みんなで守るから、だから、一緒にずっとしあわせでいようね。黒杜さん」
そうひとりつぶやくと、黒杜のところに駆け出した。
黒杜の後ろからそっと抱きつく。
「うわっ、紅くん?」
黒杜は持っていた食事をそばのテーブルにおき、後ろからまわされた手にそっと手をそえた。
紅は黒杜のいつだって拒まないでいて受け入れてくれるところが好きなのだ。
「黒杜さん、大好き!」
「僕も……紅くんのことは大事にしたいと思ってるよ」
紅は好きを返してくれなかった黒杜の背中で拗ねた顔をする。
でも、しょうがない。
紅は嘘は言えず正直にしか言えない黒杜も好きなのだ。
いつか、愛の言葉をいってもらうんだと、紅は四つ目の願いを七夕の夜空にねがった。
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