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保健室の王様

彼と教室から離れて数十メートル。 そろそろいいかな、と思っていたら先に向こうがぱぁっと花を咲かせた表情で振り返った。 「久しぶりだなぁ!ルリ!!お前いつきたんだよ!連絡しろよな!」 「一週間前だよー。驚かせよーと思ったんだー」 得意気に笑うと、つい半年前までイギリスにいたオレの幼馴染み、ゆーいちは頭をわしゃわしゃ撫でてくる。 「しかも、相変わらず肝すわってんなぁ。しょっぱな授業サボるとか!」 ケラケラと笑い、バシッと肩を叩くゆーいちの姿に、自然と顔もほころぶ。 ああ、なつかしいなって。 この半年間、ゆーいちのいないイギリスはひどく退屈だった。 同じクラスになれたのは、偶然でもなんでもなくて日本で唯一の友人がこの学校の何年何組にいるんですと、面接で言ってたから、さすが大人達も日本に来たばかりの外国人の居場所は作ってくれるだろうと踏んでいた。 とはいえは、席まで隣ってのは本当にラッキーだ。 「てか、お前気を付けろよ。ここ男子校だからか、男色家多いし、お前顔だけは性格に反比例して無駄にいいんだから」 歩きながら、ふとゆーいちがおかしなことを言う。 「後半の悪口はおいといて、ダンショクカってなにー?」 「ゲイってこと」 「へぇ……」 まぁ恋愛は自由だしとやかく言うつもりないけど。オレには関係ない話だ。 「中でも、今から行く保健室の王様はうちの学校1の人気男だから、お前のサボり癖は保健室では使わない方がいーぞー。男の嫉妬は醜いから」 「なにそれー。めんどくさーい。ねぇゆーいち、じゃあ一緒に転校しよーよー。サボりが許されるゆるーいとこにさー」 前を歩くゆーいちにもたれ掛かると、あほか、と鼻で笑われた。 そりゃもちろん冗談だけどさ。 保健室の王様ってなんだよ。ダサいニックネームだな。 「ほら、ついたから離れろ。そのスキンシップ激しいのなおらねーのー?」 「なおらないねぇ。ふしぎー」 のほほんと笑うと、呆れたため息。 「月城先生。病人つれてきました。脳見てやってください」 そんな悪態をつきながら、三回ノックして、ガラッと目の前のドアを開けた。 「は?サボりかよ?」 色気のある低い声と共に出てきたのは、身長180は余裕でこえてそうなモデルのようにすらりと足の長い男。 身長が160ちょっとしかないオレとの身長差はおよそ20㎝。日本人にしてはでかいなぁ。 こっちじゃオレの低身長なんて平均くらいだと思ったのに。平均を上げないでほしい。 でも、その王様といわれるほどの顔は納得のいくものだった。 真っ黒の少しながめの髪は、綺麗な水色の瞳よく合って、褐色の肌に高い鼻筋、迫力を感じるほどの美形で、大人っぽい色気を醸し出していた。 ああ、うん。これはモテるよね。下手したら、男相手だろうと。 てかこのヒト日本人?だよね?顔の作りとか。 「月城先生、こいつルリ。今日転校してきた俺のイギリスにいた頃の幼馴染み」 ゆーいちに紹介され、はっと意識を取り戻した。 「はじめましてー。Recherll Anjewelです。貧血起こしたんで休ませてくださーい」 またいつものようにへらっと笑い本日2回目の自己紹介をすると、せんせーはハッと鼻でわらった。 「こんなへらへらしてるやつのどこが貧血なんだよ。なに、かまってほしいの?」 顎を捕まれ、微笑を浮かべた顔が近づいてきて、咄嗟に一歩下がる。 冗談ってわかるけど、こんな漫画みたいな仕草がかっこよく映えるあたり顔って重要だよな、とかふいに思ってしまう。 「まぁ先生。こいつへらへらへらへらすんの癖みたいなもんで、本当に体調悪くてもこんなかんじだからまぁ面倒見てやってください。体も、見ての通り貧弱なんで」 ゆーいち、それ、フォローのつもり?てか、貧弱じゃないっての。 ………ちょっと、体調崩しやすいだけで。 ゆーいちの言葉にもう一度、吸い込まれそうなスカイブルーの瞳と目が合う。 「まぁ、見た目は確かに貧弱だよな。ガリガリだしちびだし」 「わー。言葉のDVだー」 「お前、ここをサボりで使おうってんなら襲うぞ?」 意地悪っぽく笑いながらせんせーが近付き、『1時間だけな』とでこぴんを食らった。 甘いのか。厳しいのか。 とりあえず、王様から1時間サボる許可をいただけたらしい。 よかった。ここ一週間、引っ越しでパタパタしていたせいか本当に少し体調悪かったし。 言ってみるもんだよね。ラッキー。 チャイムの音を聞いて慌ただしく出ていったゆーいちを見送り、案内されたふかふかのベットに潜り込んだ。 たしか一限目は英語。 サボっても学力が劣るはずない。 「せんせー?カーテンしめていー?まぶしー」 「手ぇ届くだろ。勝手にしめろ」 「つめたーい」 この気を使わなくていい放任感きらいじゃないけど。 上体を起こし、カーテンを閉めようと窓に手を伸ばすと、暖かな風が頬を撫でた。 やっぱりここは暖かいなぁ。 オレ、ようやくゆーいちに会えたんだ。 「おいアンジェリー。早く窓閉めろ」 思い耽っていると、飛びそうになったプリントを押さえながらせんせーがオレの名前をよんだ。 「せんせーオレの名前呼べるってすごいねー」 「なにその俺様発言」 「いやいやー。オレの名前を呼ぼうなんて馴れ馴れしいわークソジジィ的な意味じゃなくてねー」 「おい。お前今余計な悪口挟んだだろ」 一々敏感に小うるさいせんせーは無視して、ホームルームでのやり取りを思い出した。 「ほら、オレの名前って日本人には難しいみたいでねー?担任のせんせーも呼べなかったからさー。Recherllより、苗字のAnjewelの方が呼びやすいのかねー?」 まぁでもどうでもいいけどねーと、笑うと、あほかと更に笑われる。 「日本人の発音で言わねぇからだよ。リチェール・アンジェリーってこの発音で言えるよう練習しろ」 「リちェール、あンジぇリー……」 たしかに日本人って、トムの名前もマイクの名前もうまく発音できてない。 イントネーションがやっぱり違うもんね。 「あはは。オレの名前の発音を他人から教わるなんてねー。こーゆーのナマイキ?ってゆーんだっけー?せんせーナマイキー」 「世間一般ではお前みたいなやつを生意気っつーんだよ。クソガキ」 「ははっ!」 なんていうか、最初に見たときは身長に、加えて迫力を感じるほどの顔立ちのよさで怖そうな印象だったけど、なんだ。ふつーに冗談も通じるいい人じゃん。ここでサボるのこれからも全然アリだね。 「それじゃー、オレそろそろ寝るから、せんせー起こしたらダメだよー?オレ昨日2時間くらいしか寝てないんだから」 「だからちびなんだよ。ちゃんと夜寝ろよ」 「はは。おこるよー?」 4分の1の日本人の血の影響かな。とか日本で言うはずもないけど。 まだまだ成長期だからいいの。いいの。 「せんせーみたいに影で巨人兵なんて言われたくないもーん」 「いわれてねぇよ」 「あはは」 そんなやり取りを繰り返しているうちにいつのまにか春の暖かな気温のなか重たくなる瞼に抵抗せず目を閉じた。

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