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透明な少年

千side 本当は、朝方一度目を覚ましていた。 顔にあたる柔らかい髪がくすぐったくて。 ぼやけた視界の中でカーテンから漏れる朝日に白い肌やプラチナブロンドの髪は透き通って見えた。 瞼が重たくてよく見えないけど、服の中に手を忍ばせるとさらさらと上質なシルクのような肌の手触りがきもちいい。 昨日どんな女を相手にしたかよく覚えてないけど、華奢な体はすっぽり俺の腕に収まり、普段ならやることやったらさっさと帰って欲しいとこだけど、その抱き心地の良さにもう一度目を閉じたのを、なんとなく、覚えてる。 まさかその相手があの転校生、リチェール・アンジェリーだとは夢にも思わなかった。 あいつは全く気にした様子もなく、いつもと変わらないヘラヘラとした笑顔を浮かべて別の部屋に行った。 バイトのことで説教しなければならない立場なのに、出鼻をくじかられた気分だ。 ピピ、ピ、ピピピ どうしようかと考えていると、どこからかアラームが鳴る。 そして、すぐに『もしもし』と、アンジェリーの英語も次いで聞こえてきた。 まぁ、あいつもイギリスでの友人とかとたまにはやり取りしてんだろ。 『なんだよ。…は?わかってる。もうすぐGWの連休あるから、そっちに一度戻る。約束は忘れてない。いちいちそんな事で電話してくるな。気持ち悪いな』 普段ののんびりとした口調からは想像もつかないような冷たい声に思わず聞き耳を立ててしまう。 てか、こいつ英語だと口悪い。 『わかってるよ。ちゃんと日本の高校を卒業できるまでそっちには定期的に帰るって。絶対こっちには来るな。 …は?ハハッ ほんっとあんたらって両親揃っていい性格してる。同じ血が流れてると思うとヘドが出るよ』 ようやく笑ったと思ったら、普段の柔らかいものではなく渇いた皮肉。 しかも、相手はあの夢にまで出て魘されていた親父さんらしい。 やめてとか痛いよとか言ってたから虐待でもされてんのかと思ったけど、ほんとにただの夢か。 親に幼少のころから虐待された子供は絶対的に親に逆らえない。あんな生意気も言えるはずないんだ。 今は、反抗期なんだろう。 安心しているとちょうど話し声がしなくなり、アンジェリーの声のしていた方に向かった。 そこはダイニングキッチンで、スマホをテーブルに起き疲れたようにため息をつくアンジェリーの姿があった。 「おい」 短く声をかけると、ゆっくりと顔をあげいつよものように笑っていた。 「せんせー、もう起きて大丈夫なのー?二日酔いするような量ではなかったと思うけど、雑炊なら食べられそう?」 そういえば、いい匂いがする。 整理された綺麗なキッチンのコンロの上には白い鍋がクツクツと音を立てている。 「なにお前。点数稼ぎする女みてぇ」 俺の軽口に、ムッと頬を膨らませるアンジェリー。 「胃が荒れてるんじゃないかって心配したのにー」 「へぇ、悪い悪い。てっきりバイトの口封じのためかと思った」 俺の言葉にアンジェリーは一瞬固まり、すぐ聞こえなかったように笑った。 「気分悪くないなら、ハムエッグとフレンチトーストくらい簡単に作れるけど、どっちがいい?」 「これで充分だよ」 「そ?」 ほんのり生姜の香りのする雑炊は本当に体を気遣ってくれた証拠だろう。 そんなに食欲があったわけじゃないけど、美味しくてすぐに食べ終わってしまった。 アンジェリーは猫舌なのか、俺の半分しかない量をまだふぅふぅと冷ましながらチマチマ食べていた。 「もっと食いなさいよ。ヒョロヒョロでちびなんだから」 「オレは喧嘩も弱くないし、スポーツもできる方だからいいのー」 この間レイプされかけてたやつがよく言うよ。 「それより、バイトのことせんせーにバレちゃったねー?ねぇ、オレ停学?退学?」 突拍子も緊張感もなく張り付けた笑顔のまま、さっき自分でスルーした話題を口にした。 まぁ、俺も切り出そうと思っていた内容だけど。 どうでもいいと言ったような、態度につい少子抜けする。 「なに、停学やら退学になりてぇの?」 「できたらやだなぁ。でも悪いのはオレだしねー」 本当に、生意気なやつ。 でも不思議と苛立つことはなく、むしろ清々しい。 「じゃあ器用にやれよ。あと、ちゃんと寝ろ」 そう言うと、アンジェリーは大きく目を見開いた。 「え。続けていいの?」 めんどくせぇし、こいつも色々あるんだろうから最初は学校には内緒にしてやっても、やめさせるつもりだった。 けど。 「まぁ、あそこなら見付かることはねぇだろ」 かりもできたし、これくらい目をつぶってやらないこともない。 そう伝えると、アンジェリーはガタンと席を立ち上がった。 「よ、よかったぁあぁあぁ……。本当に親に連絡とか、退学とかだったらどうしようかと思ったぁ……」 珍しくこいつがいつものとは違う、情けないような心から安心したような笑顔で俺に駆け寄ってきた。 「せんせーほんっと大好き!!」 ぎゅっと、抱きしめられ、夕べの気持ちのいい感触を思い出した。 「男に抱き付かれても嬉しくねぇよ。離れろ」 「あはは。オレもオッサンに抱き付いたら嬉しさ半減して我にかえれたよ」 「やっぱ、チクるか」 「千様。心から敬愛してます」 へにゃと笑って首を傾ける。 ゲンキンなやつ。 てか、こいつでも不安になって緊張したりするのが意外だった。 まあ、それが普通なんだろうけど。 どうにも、アンジェリーは高校生らしさがなく危うい存在に見えてしまう。

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