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冷たい背中
「コンビニよれるか?」
「はーい」
ご飯を食べて、少しゆっくりしたらせんせーの車を取りにお店の近くの駐車場に向かった。
マップアプリもあるけど、この辺は道が分かりにくいからオレも。
「ほらよ。イチゴミルク」
コンビニの外で待ってるとせんせーか買い物袋をぶら下げてイチゴミルクをさしだしてくれた。
「え?くれるの?」
「ああ。いつも飲んでるだろ」
「あは。せんせーが優しいなんて気持ち悪ーい」
「俺はいつもやさしーだろーが。お前がちっさすぎて毎日心配してるくらいだぞ。もっと牛乳飲んで背ぇ伸ばせ」
「成長期なんですぅー」
気にしてることを…。
やっぱり男で161ってやばいかな。
でも、オレは155くらいの小柄な女の子好きだし。
「あ。ほら、あそこの通りは飲み屋街だから、もうす…」
「千!!!!」
もうすぐだよー、というオレの言葉は女性の甲高い声に遮られ、振り向くと明らかお水してそうな派手な女性が不穏な雰囲気で立っていた。
「あなた…どうして電話に出てくれないの!?」
彼女さんかな?綺麗な人だけどこわい。まぁ、気の強い女性は好きだけど。
「大体、何その女!!!」
ガッと、腕を捕まれ固まる。
「えぇっ?」
え?なに?オレまた女だと思われたの?
よく見て、なんなら胸触って。ちゃんと無いですよ。
つか、せんせーは何笑いこらえて肩震わせてんの?あんたのせいだろ。
オレのチャーミングな笑顔がピシッと崩れかける。
「なに笑ってるの!?」
女性の切羽詰まった声を無視してせんせーは意地悪い笑顔でオレを見た。
どうせ女顔ですよ。
「あのー、おねーさん?オレ……」
「一回ヤったくらいで彼女面すんな。うぜぇ」
男ですよ?と言うオレの言葉はまたしても遮られた。
「なっ」
顔を硬らせて後ろによろつく女性。これはひどい。
「つーか、最初に言ったよな?面倒なのは嫌いだし、特定の相手を作る気ねぇって。お互い割りきってたよな?」
「で、でも……それでもあなたを好きになっちゃったんだから仕方ないじゃない!愛してるの!」
「はっきりいって迷惑。つか、俺お前の名前も思い出せねんだわ」
せんせーが冷たく笑った瞬間、パンと女性がせんせーの頬をぶった。
「本当に最低。あなたなんて、月城医院の息子じゃなかったら近付かなかったわよ!どれだけ親に甘やかされたらこうなるの!」
目に涙をため、立ち去る女性をオレは呆然と眺めていた。
せんせーは叩かれた頬を押さえることもなくどこまでも冷えた目をしていた。
「うん、まぁ、端から見ても最低だったよー」
「そりゃどうも」
「あはは。叩かれてやんのー。痛くない?自業自得だけどねぇ」
「うるせーよ」
どんな顔していいのかわからないけど、とりあえず、笑顔で嫌味を言ってみると同じく皮肉な笑顔で返された。
まぁ、人の恋愛にとやかく言うつもりないし、あの人もあの人でどうなのって部分あったけど。
「せんせーって彼女とか作らないの?モテるのにー」
「めんどくせぇの嫌いなの」
言うと思った。
「愛してるってまで言ってくれる人、中々いないよー?あの人はまぁおいといて、これから先ずーっと作らないのー?一人身は辛いよー?老後とかー」
「お前はいくつで老後の心配してんだよ」
「あはは。うん、せんせーから見たらオレ充分ガキだけどさー。
…そういえば、月城医院ってあの駅前のでっかい病院?せんせーおぼっちゃんなのー?」
「セレブですよー」
「ふぅん」
……何気なくふった話題だけど、空色の瞳が暗く見えて、その会話をやめた。
せんせーの車をとって、ついでにゆーいちの家まで送ってもらった。
アポなしで訪ねてしまったけど、イギリスにいるころからゆーいちの家にはよく行ってたし、家族とも仲いいから大丈夫でしょ。
「あらあらまぁまぁ。ルリ君!日本に来てるって雄一から聞いてたけど、本当に来てたのね~♪ゆみちゃん嬉しいわぁ♪」
「オレも久しぶりにゆみちゃんにあえて嬉しい。ゆみちゃん、ぎゅーしてー」
「はー、もう、ルリ君天使。うちのバカ息子と交換したいわ。ぎゅー!」
「聞こえてんぞババァ。いい年こいてひとの友達にちゃん付けを強要すんじゃねぇ」
想像通り、イギリスにいた頃のように暖かくオレを包んでくれるゆーいちのお母さん。
オレに雑炊のレシピを教えてくれた人。
懐かしくて優しい匂いに、胸が暖かくなった。
オレ、付き合うならゆみちゃんみたいな女性がいいなぁ。
小柄で可愛くて、優しくて、逞しい、帰ってきたくなる感じの女性。
「やぁだ、ルリ君また痩せたでしょう?今日はルリ君の大好きなピラフ作ってあげるから夕飯食べてってね♪」
「いいの?ゆみちゃんのピラフ世界で一番すき!うれしー!」
「あたしも喜んでもらえて嬉しいわよぉ!あとでジュースとお菓子持ってってあげるから部屋で雄一の相手お願いね」
「あ、ゆみちゃん。これ、シュークリーム買ってきたからみんなで食べてー。ゆみちゃん、好きだったよね?」
「やだー!もう!気を使わなくていいのに!どれだけできた子なの!ありがとう」
ゆみちゃんにシュークリームを渡し、2階にある雄一の部屋にあがった。
ベットにごろんと寝転がると、ゆーいちがクッションを投げてきた。
「我が物面で人のベット使うんじゃねぇ」
「いーじゃん。オレお前の物は全部オレのだって思ってるからさ」
「お前が思ってるだけじゃねぇか」
ゆーいちの突っ込みは無視して、部屋をキョロっと見渡した。
「ゆーすけは?」
「あー、部屋別々なんだよ。今は部活行ってるけど午前中って行ってたし、もう帰ってくるんじゃん?」
「久しぶりに会いたいなぁ」
ゆーすけとは、ゆーいちの弟。オレにとっても弟のようなもの。
たしか今年の春、中学にあがったはず。
生意気だけど、可愛いんだよなぁ。
「あ、そういえばさー、月城せんせーって、月城医院の息子なのー?」
ふと先ほどの出来事を思いだし尋ねると「何を今さら」とあっさり返された。
「ふぅん。有名なんだー」
せんせーは、なんだか言いたくなさそうな雰囲気だったけど。
「有名っつーか、月城医院の先生は愛妻家で有明なんだよ。ほら、先生って本当の子供じゃないらしいじゃん?奥さんと浮気相手の子供で、反省する奥さんを許してその子供にも無償の愛を捧げたって。本当に心の優しい先生だって一時期テレビとかにも出てたぞ」
「へぇ」
それであの女性はせんせーに取り入ろうとしたんだ。
なぜだか、少し、さっきのせんせーの横顔を思い出して寂しい気持ちになった。
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