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冷たい背中
千side
GWが始まって三日目。
養護教諭なんて学校に来てもやることなんてほぼないし、保健室も一日のほとんどが一人。
毎日来ていたブロンドのふわふわした髪のやつが来ることもなく、やらなきゃいけない仕事なんて大した量もなく、暇で、なんとなく、窓に目をやる。
外では野球部が外周を走っていた。
青春してんなぁ、なんて、しみじみ思ってしまい、俺もおっさんに近づいてんだなって実感してタバコの煙を吐いた。
ぼーっとタバコをふかしていると、ガラッとドアが音をたてた。
振り替えると、アンジェリーの幼馴染みの、佐久本。
「珍しいな。どうした」
「ちょっと部活で怪我して」
差し出された右手を見ると肘に擦りむいたような傷があった。
「こんくらい舐めときゃ治るだろ。俺に舐めてほしいのかよ」
からかって笑うと佐久本は顔を少し赤くしてばかじゃねーの!って反抗する。
アンジェリーが佐久本に引っ付いている理由がわかる。表情豊かで素直で面倒見のいい佐久本は、あの生意気でひねくれた奴のいい世話役なんだろう。
「ほらよ。傷洗ってきてるだろ?消毒液だけかけて放置しとけ。これくらいなら絆創膏もいらねーよ」
これくらいならこれが適切だろう。
佐久本はつまらなそうに受け取り、手当てを始めた。
「……ルリとは、いつもどんな話してるんすか?」
使い終わった消毒液を棚に直しながら問いかけられた質問に少し笑った。
「なんだその浮気探る女みてーな質問」
ほんとこいつら仲良すぎだろ。
あの、何にも興味を示さないアンジェリーがイギリスから日本に追いかけてくるくらいだもんな。
「いや、ルリ最近サボるの増えたし、二人で会話続くのかなって」
佐久本に言われて思い返すと、たしかに夜はbarでバイトしてるし、寝てることがほとんどだけど、最近はよく他愛もない話をするようになった。
だからか、喜怒哀楽の感情が抜け落ちたようなあいつの張り付いたような笑顔のちょっとした変化がわかるようになったのは。
「会話っつー会話もしてねぇけどな。そう言えば、あいつイギリスであんまうまくいってねぇのか?」
「え?なんで?」
なんとなく。GWにイギリスに帰るのかって話をしたとき、表情が暗くなった気がしたから。
なんて俺らしくないことを言えるはずもなく。
「幼馴染みを追って日本までストーキングって怖ぇなって」
茶化すように言うと、佐久本は少し笑って「そっすね」と口を開いた。
「あいつあんな性格だし、みんなと仲良かったっすよ。器用になんでもできたし、いつも笑ってるし、まぁそれなりにやんちゃもしてたし。フツーだったと思うけど」
へぇ、あいつがやんちゃねぇ。
想像つかねぇ。
まぁ上手くいってたらならいい。
そう考えてしまったことを俺は後に大きく後悔する。
アンジェリーの表情が暗かったときもっとちゃんと話を聞き出せばよかったと。
あいつは言わないかもしれないけど、それでももっと気にかけてやるべきだったんだ。
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