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冷たい背中
────体の軋んだような鈍い痛みで目が覚めた。
辺りが真っ暗だからもう夜なんだろうと、電気をつけるために体を起こすと思わず息を飲むくらい激痛がした。
『……っつ。力一杯殴りやがって』
とりあえず乱れた服を整え、鉄の味がする口をゆすごうと一階に降りた。
キッチンではいつの間にか帰っていたらしい母親が、コーヒーを飲んでいた。
『あら、帰ってたの』
白々しい。
オレが今日帰るの知ってて、親父と二人っきりにしたくせに。
『あなた達の趣味をどうこう言うつもりはないけど、その怪我でこの辺うろうろするのやめてね。変な噂たつと仕事の迷惑だわ』
『それしか言うことねーのかよ』
『なに、心配してほしかったの?気持ち悪い』
母親は無表情に吐き捨てると、コーヒーをそのままに家をあとにした。
残された静かな空間で、嫌でも初めてされた時のことを思い出す。
あの日は、いつも通りにゆーいちと遊んで、帰宅した。
リビングには珍しく親父がいて、TVもつけずにソファーにうなだれていたから、大丈夫?と声をかけてしまったんだ。
そのままソファーに押し倒され何がなんだかわからなかった。
何度も母親の名前を呼ばれていたことは鮮明に覚えている。泣いて、叫んでも、やめてくれない。
抵抗すると、力一杯殴られた。近くにあった。コードで手を縛られた気がする。
それでも必死にもがいていると、ドアの隙間から帰ったばかりの母親と目があった。
『お母さん!!お母さん、たすけて!』
無我夢中で必死に手を伸ばしたけれど、母親は無表情のまま、オレに背を向けいなくなった。
その瞬間、オレの中で何かが、崩れた気がした。
抵抗をやめて、目を閉じれば、不思議と涙も止まった。
受け入れればよかったんだ。愛されていなかった事実を。
最後に泣いたのはあの時がたぶん最後。
夜になって、さらに低くなったイギリスの気温に肩を震わせた。
何てことない。傷付いてなんかいない。
たって、普通に笑えたんだ。へらへらへらへらと。
ただ、家にはいるとその張り付いた笑顔はピタッとやんだ。どんどんどんどん体が冷たくなっていくんだ。
ゆーいちがいてくれたから、オレは幸せだった。
_____いつか二人でさ、日本にいこう。
幼い頃交わした約束を君はまだおぼえているかな。
ゆーいち家族がいきなり日本に戻ると言ったとき、気が狂いそうになった。
それでも、なんとか笑って、また会おうって送り出した。
『オレもいきたいよ……日本に……』
君がいないイギリスは、オレには寒すぎて。
_______日本はさ、楽しいんだぜ!ルリもいつかこいよ!
たまに君の笑顔が浮かんでは胸を締め付ける。
『寒い……』
ねぇ、ゆーいち、オレ日本語すっごく上手になったでしょ?
ゆーいちの家に行くと、ゆみちゃんがちぐはぐな英語で優しく笑ってくれて、パパさんが通訳してくれて、……ゆーいちがとなりにいて、みんな本当の家族のように接してくれて、すっごくうれしかったから。
もっともっと深く繋がりたくて、頑張って日本語練習したんだよ。
母親は日本人とのハーフだけど、オレは祖父母とあったこともないし、とにかく毎日毎日パパさんに教えてもらったり、日本の映画を観たり、本を読んだりして頑張ったんだよ。
それなのに、ゆーいちが日本からいなくなって、オレは苦痛を耐えるだけの毎日になった。
親父に、殴られて、犯されて、夜一人で部屋にこもる。
もう、また転んだの?って手当てしてくれるゆみちゃんはいない。男の子はそれくらいやんちゃじゃなきゃって笑ってくれるパパさんもいない。……隣に、ゆーいちがいない。
それだけで、いままでなんともなかったのに。耐えられないくらいの痛みが胸に走った。
『寒いよ…』
オレも行きたいよ、日本に。
きみがいない日常は、オレには寒くて。耐えられないんだ。
君がいたから、オレは幸せだったんだ。君がいない日常なんて、オレにはいらない。
─────────
オレはその日の夜、両親を呼び出した。
日本にどうしてもいきたいと、勿論、オレを便利に使ってた二人からは猛反対されたけど、「それなら、オレはあんたらを訴える」と、切り出した一言でようやく承認された。
長期の休みには必ず戻ると言う条件つきで。
オレは無力な子供だから、親の力がないと国外になんていけない。
訴えて、施設になんて入ったら、もうゆーいちには会えない。
殴られても、犯されても、君のそばにいたいんだよ。
それくらい、君といれるなら、苦痛でも何でもなかったんだ。
初めて、オレを一人の家族として扱ってくれたあの暖かい空間に。
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